短編or番外編 | ナノ


妥協から始まる恋物語 3


目の前で繰り広げられている不思議な百面相と一人言を暫く観察した後、無性にこの場から逃げ出したくなる衝動をぐっと堪え、本当に仕方なく、口を開いた。
止めなければこの人、永遠に続けそうで見てられない。

「あの……室長?」

「…お?悪い、自分の世界に浸ってたよい」

「は、はぁ。あの……さっきのお話ですけど、室長が、その、まさか私の事を……」

「あぁ…そうなんだい。#name#が入社してからずっと、想ってたよい」

「入社!?してから……ずっと!?ですか!?」

「おう。ずっとだよい。ずっと、今でも気持ちは変わってねぇ」

「……は、はぁ」

告白されたからには、やはりきちんと返事なり何かしら伝えるのが筋だろうと、あまり踏み込みたくなかった話題に自ら触れれば、またこの爆弾魔は予期せぬ変化球で私を悶絶させた。

そんなあまりにも衝撃的で信憑性に欠ける内容に、溜息の様な返事をしてから思わず眉間に皺が寄る。

入社してからって、三年も?秘かにずっと?

何が彼のストッパーをしていたかは分からないけど、頻繁に顔を合わす機会があったにも拘らず何年も行動にでないなんて、私には到底理解し難い内容だった。

それに会社で見せるあの無表情な顔の裏側に、そんな乙女の様な一面が隠れていたのかと思うと、少し怖いし何かいたたまれない気持ちが込み上げてくる。

「えーっと……」

「あー!でもスッキリしたよい!こんな機会でもなきゃ一生言えなかったかもしれねぇな。ほんと、こんな日が来るなんて思ってもいなかったよいっ!!」

「 ? あの……」

「あっ、飯だったな。ちょっと待ってろよい。お、そうだ、苺も食うかい?」

「あの…それより」

「食うかい?」

「……、はい…頂きます」

「了解。すぐ用意するよい」

なんだろう、この人。さっきから尽く話の腰を折ってきて、全く会話が成り立たない。

そんな投げっぱなしの、何一つとして受け止められていない球をそのままに、やけにすっきりした顔でキッチンへと消えていった彼を対照的な表情で見つめる。

もしかしてわざと話を逸らしてる?告白の返事は?それとも彼の長年に渡る片思いは想いを告げた事に意味があり、そこで終着点を迎えてしまった?

増えるばかりで一向に解決しない思考に軽く頭痛が襲ってくる。起きてからずっと疑問符乱舞の頭は今にもパンクしそうだ。

そんな私を他所に、憎たらしいほど満面の笑みを張り付けテキパキと食事の用意を整えた彼は、当たり前のようにスプーン片手に身を寄せてきた。

その笑顔にピクリと頬が引き攣る。だってこの間近でふぅふぅとお粥に息を吹きかける仕草は、どう見ても嫌な予感しかしない。

「ほら、あーん」

「自分で食べれます」

「遠慮するなよい、ほら」

「………」

予感は的中。もう寝たきり病人でもないのだから、食事くらい自分でできる。と、はっきり伝えた筈なのに、やはりというか聞いちゃいない。

そして有無を言わさぬ眼力に怖気付き、口を開けてしまう自分が非常に情けない。

「もう、お腹いっぱいです」

「ん、じゃぁ次は薬だよい」

「…、あの…あっ、そういえばこのパジャマは?それに加湿器と」

「あぁ、着替えが追いつかないかと思って買ってきたんだい。よく似合ってるよい。それに湿度管理は風邪には必須らしい」

「は、はぁ…。じゃぁ、あのスーツケースは…」

「ん?これかい?#name#が完璧に治るまでここから仕事に行くつもりだからよい、着替えなんかを持ってきたんだい」

「は?いえいえ!大丈夫なんで、帰ってもらって」

「ダメだ。遠慮はするなって言ったろい?それに心配で気が気じゃねぇんだい。ちゃんと治るまで傍にいるよい」

「いえ!ほんとに大丈夫な」

「#name#、遠慮はいらねぇよい」

「…………」

違う。遠慮じゃなく迷惑なんですけど。しかしそんな思いが届くはずもなく、にこやかにスプーンを持ち上げる彼に唖然と言葉を失った。それにこのはんてんは、間違っても似合っていない。

それにしても一体どういうつもりなのだろうか。初めて遭遇する人種に対応作が見つからない。

遠慮なしに気持ちをぶつけてきて、おまけに人の話しは聞かないし、了承も無しに勝手に物を持ち込みそして相手の気持ちを察する事なく行われる行動に、有無を言わせぬ無敵の眼力。

これはもしかして、いや、もしかしなくても、セクハラとパワハラを多大に含んだ、いわば軽い脅迫ではないのだろうか?

しかしそんな恐ろしい結果を弾き出したにも拘らず、強気に彼を追い出せない自分に溜息を吐かずにはいられない。本当にどうすればいいのだろう。



そうして言えず聞けず仕舞で、悶々とした気持ちが一つ、また一つと積もりながら、言い様がない感情が胸にこびりついたまま迎えた月曜の朝。

何から何まで甲斐甲斐しく世話を焼かれ、寝る事以外何もさせてもらえなかった身体は、すっかり自堕落な体質を作り上げてしまっていた。
朝の光りが煩わしくてしょうがない。

「#name#、仕事に行ってくるよい」

「……ん」

「まだ微熱があるな。外には出るなよい?飯作ってるから、温めて食ったら薬もちゃんと飲んで…あ、フルーツも冷蔵庫にあるからよい」

「は……ぃ」

「大丈夫かい?なるべく早めに帰るけどよい、何かあったらすぐ電話してくれ」

「はい……え、電話……?」

「あぁ、心配しなくても#name#の携帯にちゃんと登録してある」

「…………」

「じゃぁ…行ってくるな。あ、鍵。持っていくよい」

「え?あ、あの」

「お土産買ってくるから、無理だけはしないでくれよい」

寝過ぎなのだろう、頭がぼやりとする。そんな私を心配しつつ次々と必要事項を告げ、最後に宥めるように頭をひと撫でした彼は、時間がないのか少し追われるように部屋を後にした。

そうしてカチャリと鳴る施錠の音を聞いてから、むくりと起き上がる。
自分の家だというのに、こそこそと気配を探りながら行動するなんておかしな話だ。

それにしても、室長がこの部屋にいる事に違和感を感じなくなっている自分に驚いた。慣れとは恐ろしい。

そんな事を思いながら、足元に着ろと言わんばかりに置かれているはんてんを無視して、キッチンに向かい珈琲を淹れる。それを口に運びながら、ぐるりと部屋を見渡した。

水垢一つ無いシンクや綺麗に拭かれ並べられた食器。リビングに至っても同様で、雑然としていた数日前とは比べ物にならないくらい片付いている。
それからご丁寧に洗濯まで。まるで完璧主婦のような仕業を見届けて、まいったなと溜息を吐いた。

望んでいないこれらの行為は、感謝するより先にただただ困惑と、僅かな不快感を運んでくる。

それに相手が、自分に好意を持っているなら尚更。この否定もせずされっぱなしの状態は、思わせ振り以外なにものでもないんじゃないだろうか。

正直今の時点で、室長の事を恋愛対象として見ていないのは事実。想いを告げられた時も、やはり困惑しかなかった。そしてこの想いが傾く事は、きっとなさそうに思える。

だって、三年もの間秘かに想いを募らせていたなんて、振られる事に臆病になっているまさにヘタレじゃないか。それに弱みに漬け込むように部屋に押しかけ、強引な態度で居座るその神経は、絶対に尋常ではない気がする。

そういう男と関係を持つと、間違いなく強烈な束縛をされたり、重すぎる想いに息が詰まるのが容易に想像出来て、正直、無理。それに携帯を勝手に触る辺りも論外。それからどちらかというと、私は追われるより追いたい派だ。

彼が帰ってきたら、ちゃんと伝えよう。邪険に扱わず誠意を持って接すれば、彼だって分かってくれる筈。

好意を持ってくれた事と、この看病への感謝をして、キッパリと可能性を残さず断り今日中に帰ってもらおう。あのどデカイスーツケースと共に。




どれだけ思い耽っていたのか、気付けば部屋はうっすらと暗く陽が暮れかけていた。パチリと電気を付けて、膝を抱えるようにソファーに座る。なんだろう、慣れ親しんだ自分の部屋なのに、この空間が妙に落ち着かない。

そわそわと足の指を動かしながら、話し終えた後の反応を想像して胸がチクリと痛んだ。本当に三年間も想ってくれていたのなら、これから話す内容はまさに残酷過ぎる。

それでも、仕方がない。彼の想いを受け止める意思がない以上、早めに伝えた方がお互いの為だ。絶対に。


そうして抜かりが無いよう何度も頭の中で予行練習をしながら待ち構えていると、来ると分かっていながらも、聴こえた施錠の回る音にびくりと身体中の毛が逆だってしまった。

情けない。そんな自己嫌悪に陥りそうな自分を励ます様に、頭の中で何度も同じ言葉を繰り返す『大丈夫』。

少し頼りない言葉だけど、これしか思い付かないのだからしょうがない。そうして私の居るリビングへの扉が開かれる直前、決意を固めるようにゆっくりと息を吐き出した。


「ただいまよい。具合いはどうだい?」

「っ……、あ、大丈夫、です」

「それは良かったよい。晩飯にするかい?シュークリームも買ってきてるよい」

「あ……は、い……」


あんなに悩んで固めた筈の決意は、彼の顔を見た瞬間、あまりにも脆く崩れさってしまった。

どうしよう、言えない。
言ったら私は鬼か悪魔だ。

だって、目の下にくっきりとあるその隈と、平然と微笑んでいるけど明らかに疲れ切ったその顔は、間違いなく、私の所為だから。







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