短編or番外編 | ナノ


妥協から始まる恋物語 2


ゆらゆらと身体が波打つ感覚に重たさを感じる瞼を開ければ、これみよがしに目尻を下げすまなさそうに此方を見つめるマルコ室長の顔が飛び込んできた。

夢ではなかったのかと、再度この不可解な存在に頭を捻ろうとすれば、まるで沸騰しているかの様に熱くてダルい身体が邪魔をして、思考が思う様に定まってくれない。

「起こしてすまないが…薬の時間だよい」

「……」

「食えそうかい?それから着替えねぇとな、汗だくだよい」

「…………」

そんな問い掛けに不思議な感情を抱えつつ、返事をしようと口を開けたが、出したはずの声は喉の奥でつっかえ音にはならなかった。それだけじゃない、足の先から指先まで小刻みに震える身体には全くと言っていい程力が入らず、おまけにぐらりとする頭に不安と動揺が込み上げてくる。

死ぬのではないだろうか。本気でそんな思考が頭を過ぎりながら、この病気を軽く見過ぎていた自分を反省しつつ熱の及ぼす驚異をしみじみ実感していると、傍らで痛々しそうに此方を見つめていた室長が、まるで壊れ物を扱う様な手付きでひんやりと冷たいタオルを額にあててきた。

「冷た過ぎやしないかい?」

「……」

「食欲ねぇだろうが…少しだけでいい、口開けれるかい?」

「……」


誰だこの人は。朦朧とする頭でそう思う。
掛けられた事のない優しい口調と態度に、本当にあの室長なのかと疑わずにはいられない。

私の知る限りの彼は、冷淡で近寄り難く、常に鉄壁無表情な仮面を纏っている姿しか思い浮かばない。まぁ、プライベートを知らないからかもしれないけど、それでもやはり同一人物とは到底思えない程、目の前の彼は別人に見えた。

「おりこうさん。さ、着替えるか…#name#、脱がすよい?こりゃ身体も拭いたがいいな……」

「っ!!?」

そんな疑惑が渦巻く頭に衝撃が走る。いくらこんな状況だとはいえ、たかが上司に着替えをさせ裸を見られるなんて、無理にも程がある。いろんな意味で。

しかしどれだけ頭の中で抵抗しようが、動かないこの身体ではそれを止める術はなく、何の戸惑いもせず行われていく作業にただただ身を委ねる事しか出来ない自分が無性に情けない。

それに頼んだ覚えはないものの、彼はあくまで善意からこの看病を買ってでてくれている。筈だ。確かにこんな調子では着替える事も水を飲む事さえ出来なかっただろうし、百歩譲って感謝すべきなのだろうが、人の身体を拭きながら不可解な雄叫びを上げるのだけは止めて頂きたい。大体「おぉ…!!」ってなんだ?おぉって。感謝の心激減だ。

「それにしても酷い熱だよい……よし。やっぱり座薬入れたがいいな」

「っっ??!!」

雄叫びに続き更に不可解な言葉に身体がピシリと硬直した。動かなかった身体も反応してしまう威力を持った言葉だ。今なんて言った?頼むから聞き間違いであって欲しいと願う暇なく、くるりと一糸纏わぬ身体を横向きにされグッとお尻を掴まれたと思った瞬間、なんとも言えない異物感が憐れもない場所から込み上げてくる。

ありえない。身体が動かせたなら上司といえど間違いなく手が出ていた筈だ。

「よしよし。ちゃんと入ったよい」

「っ……」

頼むから座薬の行方なんて見届けないで欲しい。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。どうりで押し込まれた指先がなかなか離れないと思った。

そんな羞恥以外何者でもない行いにも、今の私には文句一つ言えやしない。
何が悲しくていきなり現れた上司に裸を見られ、座薬を突っ込まれなければいけないのか。罰ゲームにしても質が悪すぎる。一体私はこの先どんな顔でこの上司と向き合えばいいのだろう。

そんなありえない羞恥と混乱に身悶える私などお構い無しに、まるで何事もなかったかの様に服を着せていく彼に切に願う。

なかった事にしてください。

そして次に目覚めた時には私の記憶も綺麗さっぱり消えていればいいのにと、そう願い事を付け加えながら、このインフルエンザという病に殺意的な感情を抱きつつ、無理やり意識を手放すように固く瞼を瞑り現実逃避行を実行した。

それから何度目か分からぬ辱めと熱心な世話を受けながら、一向に下がらない熱にうなされ半分死んだ様に過ごす事数日。高熱と戦い抜いた身体が漸く自分の意思で動けるようになったのは日曜の夕方で、実に丸三日間、私はベットに拘束された日々を過ごした事になる。


「は……きつ」

軋む身体と浮いたように覚束ない頭で数日振りに発した声は、予想はしていたものの中々酷い音を鼓膜に響かせた。そんなオカマみたいな可愛気のない声に苦笑いを漏らしながら、まだ上手く力の入らない身体を無理やり起こし布団を太腿まで捲り上げれば、嫌でも目に入る自分の姿に思わず首を捻ってしまう。

こんなパジャマを持っていただろうか?

そして足元に目線を向ければ、これもまた見覚えのない物体が元気に白い蒸気を出しながら稼働している。見たところ加湿器で間違いなさそうだけれど、あんな物は家にはなかった筈だ。

そんな何となく想像が付く事柄を取り敢えず頭の隅に追いやり、寝起き早々捻りっぱなしの頭に要らぬ疲労感を感じながらリビングへと向かえば、かなり散らかっていた筈のリビングもキッチンも、ピカピカという形容詞がピッタリな程掃除されている光景に再び頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまった。

「え……なんで?」

「お?起きたかい?体調はどうだよい?」

「っ?!」

唖然と佇んでいると、洗面所の方から洗濯籠を抱えたマルコ室長がゆったりと現れビクリと肩が跳ねた。まだ居たのか、いや、それよりも我が家に馴染みすぎだろう。それに色々と聞きたい事が山積みだ。

まず、一番はここに居る経緯。それから見知らぬ家電にこのパジャマ、そして部屋の隅に置いてあるどこにご旅行ですかのドでかいスーツケースに、その両手に抱えている籠から覗く、私のパンツ。

「あ、あの……」

「あ!腹減ったかい?ちょっと待ってくれよい、これ干したらすぐ用意するからよい」

「え?いや、あ、洗濯物、自分で干しま」

「ダメダメダメだよい!まだ本調子じゃねぇんだい、#name#は座ってろい!それからコレと、コレも履いてろよい」

「?!?!?」

もやもやとこの不可解な状況を整理する暇もないまま、あれよあれよと困惑顔の私を気にも留めずソファーに座らせた彼は、またもや見知らぬはんてんとモコモコとしたルームシューズを馴れた手付きで着せていく。

無駄にレトロ柄のはんてんに身を包まれ思わず思考が停止した。なに?このはんてん。そうして何故か得意気な顔で洗濯物を干し出す室長を無意識に眼で追い唖然と見つめる事数秒。いやいや、見つめてる場合じゃないと無理やり我に返った。

「はっ!あのっ!室長、その…、なぜ、ここに?」

「ん?なぜって……好きな女が病気なんてしたら看病したくなるだろい?」

「好き……?誰を……ですか?」

「誰って……、#name#の事に決まってんだろい」

「は?」

「あ、言っちまったよい。意外とすんなり言えたな……俺やれば出来るじゃねぇか。なんだ、もっと早く言えば良かったよい。いや、でもーーー」

「…………」


投げた球が予想外な角度で打ち返され、その球は見事に私の脳天に直撃した。
考えてもいなかった。微塵も。
今の今までそんな素振りも熱い視線も全く感じた事がないし、それになりより、殆んどと言っていい程接触すらしていないのに。

そんな相手からの突然な告白は、嬉しいやら恥ずかしいなんて可愛らしい感情をすっとばし、困惑と、何か裏があるのではないかと疑惑の心しか生まれない。

そうして訳のわからぬ面持ちで、まるでびっくり箱の様な彼に再び視線を向ければ、何やら思い耽る様に百面相を繰り広げている姿に唖然としてしまう。

何なんだろうか、この人。いろいろと聞きたい事は山積みのまま、あまりにも強烈な爆弾を前に頭の中が真っ白になりつつある。それに告白しておいて、何故一人ぶつぶつと自己分析らしきものをしているのだろうか?

正直、不可解過ぎるその様子に、掛ける言葉が見つからない。







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