短編or番外編 | ナノ


涙が枯れた頃 X





瞬時にマルコさんだと気付いた私は、一目散に駆け出した。
絶対に泣き顔なんて見られたくない。

だが所詮女の脚力。男の彼に適う筈もなく意図も簡単に捉えられた左手首は、勢いよく彼の方へと引き寄せられた。

「やっと…捕まえたよいっ」

「っ…!」

お互い息を切らしながらも、しっかりと両肩を掴まれている私は顔を見られまいと下を向いたままだ。

「はぁ…あのよい…」

気まずそうに言葉を濁す彼。当たり前だ。七日も意図的に避けられたら誰だって気まずいだろう。

しかし、どうして平日の昼間に彼は自宅にいたのだろうか?…ッ!?

「#name#…この前の女は……#name#?」

途切れ途切れに彼が言葉を繋ぐ中、当然私は俯いたままなのだが、その所為で否でも目に入る足元。

そこで私はこの修羅場の様な雰囲気の中、思わず笑いが込み上げたのだ。

「フフ…ハハッ、いやだマルコさん、く、靴!!」

「あ?ぁ…いや、これは…」

そう。何故私が吹き出したのか。何故なら彼の靴が互い違いだったからだ。

「ふふ、もう、笑かさないで下さいよっ」

「…。仕方ないだろ。急いでたんだよい」

「ぇ?何で…」

そんな彼の言葉に思わず顔を上げてしまった私は、たった七日しか経ってないと言うのに明らかに痩せている彼に心底驚いた。

「ちょっと!なんでそんなに痩せちゃたんですか?ご飯食べてないんですか!?」

「あ…あぁ。あんまり」

「なっ、何で!?」


それから部屋で話そうと、彼に連れて行かれた部屋で私はまたもや驚きの声を上げる事になる。

「ちょっと!!なんですか!?この汚い部屋は!?」

「ぁ…悪ぃ」

そこで見たのは、七日前とは比べ物にならないほど散らかった部屋。
服は脱ぎ捨て、ビールとお酒のビンが転がり、それから…

「く…臭い。なんか臭いですよ!?どこから!?」

鼻をつく悪臭。その根源を探るべく、私は部屋を見渡した。

「あーーー!!何ですかこれはー!?」

悪臭の原因。それは七日前に私が作ったグラタンだ。
見るも無残なその風貌は、緑色に変色し、目まで痛くなるほどの悪臭を放っていた。

「何で洗わないんですか?あの日のままじゃないですか…」

「あぁ…捨てられなくて…よい」

「は?じゃぁ食べればよかったじゃないですか?」

「…勿体ないだろぃ」

「はいー?」

「食ったら…なくなっちまうじゃねぇか」

「…意味が分かりませんよ。彼女さん、片付けてくれなかったんですか?」


そんな会話をしながら、私は部屋の窓を開け、見るも無残なグラタンを片付け始めた。

「あー、あれは彼女なんかじゃねぇよい」

「…は?だって、あの人自分で…」


そうして彼は、あの女の人はしつこく迫ってきていた人なんだと、ずっと連絡を経っていた為、無理矢理友人に家を聞きだし押し入ってきたのだと説明してくれた。

「部屋にも上げた事ない女だい」

「そ、そうなんですか…」

「誤解は解けたかよい?」

「っ… は、はい」

「それで…#name#。これからまた、飯作ってくれないかい?」

「……」

「それも、永遠にだい」

「えっ!?」

永遠に。その言葉に驚愕の声を上げてしまった。永遠に…永遠に?

「ククッ。どうもオレは#name#の作った飯じゃねぇと喉を通らなくてよい」

「なっ…! そんな事言われても…」

「飢え死にしろってかい?」

「極端すぎますよっ!それに…」

「部屋も、このままじゃゴミ屋敷になっちまうかもな…」

「私は家政婦じゃありません」

「ん?あぁ…そんな事思っちゃいないよい。つまり…」

「っ! んっ!!」

「#name#…好きだ」

「……っ」


いきなり唇が重なり、そんな思ってもいなかった告白に暫しフリーズしながらも、自分も大好きだと何とか伝える事ができた私はめでたく彼の彼女の座に落ち着く事ができた。


「そ、それにしても、極端すぎですよ!自己管理くらいちゃんとしてくださいよ!!」

「んー?もう必要ないだろ?」

「何でですか?ダメですよ?」

「だってよい…これからは#name#が居るだろ?」

「なっ! ですけど、全部押し付けないで下さいよ?私だって色々忙しいんですからね?」

「ククッ。辞めるかい?仕事。」

「えっ?無理ですよ、そんな」

「そんで、オレのとこに永久就職だい」

「…それって、プロポーズですか…?」

「ん、そ。プロポーズ。返事は?」

「…考えさせてもらいます」

「なっ!?何でだい!?」

「…だって」

「だって!?」

「だって…」

「なんだよい…」

「せっかく作ったグラタンにカビはやしたんですもん!!」

「…は?」


私は恥ずかしさのあまり、そんな意味不明な言葉で逃げてしまった。
だっていきなり過ぎる。彼女になったその日にいきなり結婚だなんて。

そんな唐突過ぎる彼に、私は赤くなった顔を隠すように黙々と食器を洗った。

内心ドキドキと脈打つ鼓動を感じていると、ふわりと後ろから抱き締められる。

「マ、マルコさんっ!」

「帰ったら#name#が居て…#name#の作った飯食ってよい、一緒に風呂でも入りながら…その日の出来事話してよい、そして寝る時も起きても#name#が傍に居る」

「マルコ…さん?」

「休みの日は遠出なんかしてよい、そして…いつかオレの子どもを産んでくれよい」

「っ…!」

「オレは…これから先の人生。#name#と共に過ごしてぇ」

「っ、 マルコさん…」

「嫌…かい?」

「っ、嫌…じゃないです」


マルコさんは、そんな恥ずかしくなる言葉を耳元で繋ぎながら、抱き締めている腕を少し強めた。


彼の口から伝わる私との未来計画。
うん。いいかもしれない。彼とならそんな生活も毎日笑って過ごせそうだ。

彼になら、私の人生預けられる。心の底からそう思った。

だって、抱き締めてくれている腕がとても温かかったから。


それから私達は直ぐに結婚した。
まさに超スピード結婚だ。
そんな私達はとても幸せな毎日を送っている。

彼がいつも口癖のように言う台詞。

『#name#は親父からの贈り物だよい』

私は物じゃないんだけどと、苦笑いを溢しながらも、すっかり枯れてしまった私達の涙が再び流れる事は…当分なさそうだ。














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