短編or番外編 | ナノ
涙が枯れた頃 W
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私は、彼をあからさまに避けていた。
翌日、腫れた瞼を冷やしながら携帯を見て驚いた。
それは不在着信20件。新着メール5件。
そう。全部マルコさんからだ。
掛けすぎだろうと若干引き気味になりながらも、何も告げずに帰った私を心配してくれたのかと思うと少しだけ嬉しかった。
だが、彼女がいた事を隠していた彼が悪い。それに彼女にだって申し訳なさで一杯だ。
せめて、家政婦ですとでも言って帰ればよかった。そうすれば、マルコさんと彼女はもめる事無く済んだかもしれない。
と言っても、もめる事などなかったかもしれない。だって私を見た時の彼女さんは、さほど怒った感じはしなかったから。
そんな昨夜の出来事を、悲痛な面持ちで思い出しながら身支度を始める。
今日からはもう彼の部屋へは行けない。いきなりの別れにまだ心の整理がつかないが、これが現実だ。受け止めなければいけない。
それに、彼からのメール。”話がある” ”連絡をくれ”のオンパレードだ。
一体何の話だろうか。申し訳ないが、今は彼の顔さえ見たくない。
彼を好きな想いに比例するくらい、彼への非難で心が溢れそうだった。
嘘を付いていた事は私にとって大打撃だ。
所詮彼からしたら、厚かましく通う家政婦程度だったのだろう。
しかし、失敗した事がある。合鍵だ。思わず鞄を持って飛び出したから、鍵を置いてくるのを忘れてしまった。
もう少し心が落ち着いてからポストにでもいれておこう。
そう考えて私は玄関の戸を勢いよく開け、気持ちを改めたのだ。
会社に着き朝礼を済ませた後,、溜まっていた書類を整理していると電話だと後輩がやって来た。
「誰から?」
「あ、この間の大物顧客ですよ。#name#さんに繋げてくれって。」
「あー、ねぇ?代わりに対応してくれないかな?」
「えー?何でですか?」
「いいから!担当が代わったって、引き継いだとでも言って用件聞いてて」
「いいですけど…」
「ありがと。お昼奢るからさ」
絶対にマルコさんからだと踏んだ私は、後輩を昼ご飯で釣って逃げる事に成功した。
しかし、会社にまで掛けてくるとは…余程大事な話でもあるのだろうか?それとも私の料理がお気に召したか…。
まあ、どっちにしろ今は話したくない。彼女に了承もらったからまた飯を作りに来て欲しいなんて言われたら、間違いなく鉄拳をお見舞いしそうだ。
そうしてその日彼からの不在着信は15件。メールは2件。内容は昨日と同じだった。
でも、その彼からの着信に私が応答する事はない。
そして次の日も、またその次の日も、彼からの着信は続いた。
そんな音信不通生活を続けて七日目。
大分気持ちも落ち着き、彼からの着信も日に5件程に治まった頃、私は不在を狙って、鍵を返しに平日の昼間に彼のマンションへと向かったのだ。
シンプルな封筒に手紙も何も添えず、鍵だけを入れてポストに入れた。
七日振りに来る彼のマンションの雰囲気に、少し涙腺が緩む。
そうして、せめて鍵をポストに入れた事を報告しようと彼にメールをする。
ディスプレイに映し出された彼の名を見てまた涙腺が少し緩んだ。
これで、彼との接点はなくなると思うと胸が僅かに軋む音がした。
”ポストに鍵入れてます”
そんな簡潔な文章を送信し携帯を閉じたと同時に溢れた涙は、仕方がない。
ほんとに好きだったのだ。期間は短かったが、とても濃い内容の片思いだった。
美味しそうに料理を食べる彼。微笑みながらありがとうと言う彼。優しく頭を撫でてくれた彼。
そんな過ぎた想い出を掘り出しながら、また涙が溢れてきた。
鞄からハンカチを取り出しながら出口へと足を一歩踏み出した刹那、いきなり耳を襲った自分を呼ぶ声に体が硬直する。
「#name#!!」
「っ…」
そんな彼の声を聞いた私は、一目散に駆け出したのだった。
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