短編or番外編 | ナノ
涙が枯れた頃 U
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あの盛大な式から一月と少し経った今日、私は再びあの泣きじゃくった顔が印象の彼に会う事になる。
別に偶然の出会いなんかじゃない。四十九日の法要を行うための打ち合わせだ。
そして再度式場に現れた彼に深々と頭を下げ、奥に通した。
「今回は四十九日の営み方についてご説明致します」
「あぁ。宜しく頼むよい」
葬儀の時に比べれば幾分落ち着いたように見えるが、気持ち以前に、彼の風貌は少しやつれ、そしてかなり痩せていた。
「っ…。では今回は喪主ではなく、施主と言う形で法事を進めて頂きますね。」
「あぁ」
「まず、お寺様はお決まりですか?それから――」
私は彼の体調が気になって仕方なかったが、仕事は進めなければならない。
そんな今にも倒れそうな彼を心配しつつ、全ての説明を終え入口まで見送る途中、失礼ながらも彼を呼び止め足止めしてしまった。
「あの…体調、大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、大丈夫だよい。すまないな、変な気を使わせちまって」
「いいぇ!でも…食事はきちんととって下さいね…」
「はっ、ありがとよい。だが、生憎一人暮らしでねい。つい抜いちまうんだい」
「ぇ?あんなに家族の方がいらっしゃるのに?」
「あー、成人したら殆どの奴が家を出る。いつまでも親父の世話にはなれないからな」
「ぁ…そうですか」
そうだった。あんなに家族や兄弟がいても、皆血は繋がってないのだ。しかもあの人数。いつまでも親元に居る訳にもいかないだろう。
しかし…それならば、
「あ、あの!よかったら私、ご飯作りますよ!」
「は?いや…なんで?」
「っ、す、すみません。あ、彼女さんに怒られちゃいますね、あ、忘れて下さい」
「…ククッ、彼女なんていねぇよい。それより…何でいきなり飯なんて」
「ぇ、あ、いや、私も一人暮らしで、いつも作り過ぎちゃうから、その、よかったらと思いまして…」
「成る程な。そういう事なら…お願いしてもいいかい?」
「ぇ?あ、はい!お任せ下さい!」
そうして私はほぼ毎日の様に彼の家に通い、ご飯を作った。
家が近い事もあったが、それよりも私の作ったご飯を美味しそうに食べ、そしてどんどん健康的になる彼を見るのが嬉しかったのだ。
「いつも悪いな。掃除までしてもらってよい」
「いいえ。私が好きでしているので、気にしないでください」
謙虚に振舞う彼に笑顔でそう答えた。傍から見ればまるで恋人同士のような関係にも見えなくはない。
だが、そう言う類の行為は一切なく、ただ単にご飯を作り掃除をし、そして食事が終われば私は自宅へと帰るのだ。
そんな関係を暫く続けたある日、今日も共に食事をしていると彼が思い出したかのように口を開いた。
「あー、#name#よい、これ受け取ってもらえるかい?」
「ん?ここの鍵ですか?」
「あぁ、いつもオレの方が遅いだろい?自由に入れるようによい」
「あ、はい。…何か恥ずかしいですね。合鍵なんて初めてもらいます」
「っ、 そうかい」
「ふふ。マルコさん照れてる」
「なっ、照れてねぇよい」
「嘘だぁー、だって顔真っ赤ですよ?」
「元からだよい…」
そんな彼の意外な照れ顔を見せられ、素直に愛しいと思った。
あぁ、私は彼の事が好きなんだと、この時初めて自分の気持ちに気付いたのだ。
合鍵をもらった私は、それから彼の帰りを待つ事が多くなった。
でもその時間さえも愛おしく思えるくらい彼の事が好きになっていた私は、まるで彼女気取りだ。
ご飯を作り、掃除をし、今は洗濯までもしている。
そんな私にいつも感謝し優しく頭を撫でてくれる彼に、もしかしたら彼も私の事をと、少し調子に乗っていたのかもしれない。
そして彼の帰ってくる時間よりも少し早く鳴ったチャイムに、私は浮かれながら玄関へと出迎える。
今考えれば、彼は帰ってくる時にチャイムなんて鳴らさない。
「おかえりなさ…」
「は?あなた誰?」
「っ…」
当然彼の顔が見れると思っていた私は、予想外の人物に面を喰らった。
そこに居たのは、彼ではなく色気たっぷりの私とは正反対な女の人だったからだ。
「ぇ…っと」
「マルコは?居ないの?」
「はい、もう直ぐ帰ってくると思うんですが…あのどちら様でしょうか?」
「そんなの決まってるでしょ?マルコの女よ、女」
「え…彼女さん?」
「そ、あなたは何なのよ?」
「っ…私は…」
私は何なのだろう?間違っても彼女ではない。じゃぁ何?
それにマルコさん、どうして彼女なんていないって…
そこまで考えて、私は部屋を飛び出した。
なんだか居た堪れない気持ちになったのだ。
合鍵をもらい、一人彼女気取りになっていた事。彼はそんな気は全くなかったのだと、それに食事を作る事も、掃除などをするのも私が勝手にしていた事だ。彼に求められたのではない。
自宅に戻り盛大に泣いた。
泣いても泣いても涙が溢れてくる。失恋と羞恥心を同時に味わった私は崩れるように泣き続けた。
そんな中、鳴り響く携帯をそのままに、私は何故か自嘲気味な気分になる。
「こんな泣き顔…あの時のマルコさんみたい」
ふと目が合った鏡に映る自分を見てそう思った。彼の泣き顔で始まり、私の泣き顔で終わるこの恋に、もう一度薄い笑いがでて、私は眠りに就いてしまおうと目を瞑ったのだった。
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