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04 地雷を踏んだ彼



「お待たせしました、失礼しっ!?」

「待ってたよい、#name#」

「…っ、ふふ、ありがとうございます」

戻るや否や、強引に腕を引かれ密着するように腰に腕が回された。

先程とはまるで別人のようなその行動に一瞬顔が歪みそうになったが、すんでのとこで堪え笑顔を貼り付ける。

「マルコさん…酔っちゃいました?」

「いや」

「ふふ、ほんとに?」

席を外していたのはほんの数十分。こんな短時間でここまで豹変する程酔うわけがない。ではこれが彼の素なのだろうか?ならさっきまでのたどたどしさは一体なんなのだろうかと、ギラリと厭らしい光を漂わせるマルコさんに疑問符が浮かんだ。

「あ!#name#ちゃん、今日アフター大丈夫?」

「ぇ…今日、ですか?ん…どうしようかな…っ?」

「付き合えよい」

「……ふふ、強引ですね」

腰に回された手から伝わる異常なまでの熱気に不快感が込み上げていると、ニタニタと笑みを浮かべたリーゼントがアフターの誘いをかけてきた。

冗談は止めてくれと内心叫びながら迷う素振りを見せれば、隣から有無を言わさぬ口調と共に私の胸元に数枚のお札が差し込まれる。

チップをやるから付き合えという事か。素肌に当たるお札がチクリと痛みを訴え苛っとしたが、一枚や二枚じゃないその額に二人きりでもないしと誘いに頷きを返した。

普段なら一度指名をもらったくらいの客にアフターなんて滅多な事がない限り行かないが、多額のチップと次に繋がればと商売根性が顔を出してしまえば致し方ない。

「アフターか?」

「あ、うん。さしじゃないし、チップもらっちゃったから」

「ふーん。まぁ頑張れ」

「ね、二時間…前くらいに電話してよ?帰る切っ掛け作りたいから」

「はいはい」

いつもの様に根回しも終え、あと少しの辛抱と気合いを入れ直し外で待つマルコさん達の元へと向かう。

いい店があると得意気なリーゼントに牛丼屋の様な長居できない場所にしてくれと願うも、その願い叶わず、着いた店はキャンドルの灯りだけで照らされた全くもって必要のないムードを醸し出したバーだった。

素敵な店ですねと口にしながら内心げんなりと溜息を吐く。ささっと食べて早く帰りたい気持ちをグッと堪え、長くて二時間もすれば救いの電話があると希望を見出だす。

「あれ?サッチさん達と一緒じゃないんですか?」

「あいつらはあいつらで楽しむだろうよい、ほら、座れよい」

「ぇ…は、はぁ」

やられた。瞬時にそんな言葉が頭を過る。

店に入るなり私達とは逆の方向に案内されるリーゼント達を見て疑問を投げ掛ければ、それがどうしたと言わんばかりの顔で返しがきた。

促されたソファーに座り読みが甘かったと自責しながら、既に心は一刻も早く帰りたいと叫び出す。

「あー…っと、何飲む?腹も減ってるだろい?」

「あ、はい。えっと、ノンアルコールでいいですか?お店で飲み過ぎちゃって」

「だ、大丈夫かい?」

「は、はい」

「具合が悪くなったらすぐ言えよい?」

この場で酔ってお持ち帰りなんかされたら堪らないと、少し苦しそうな表情をしてマルコさんを見つめれば豹変前のわたわたとした彼が現れた。

その様子に何なんだこの人はと無意識に眉間に皺が寄る。
それを急いで元に戻し、コロコロと感じの変わる彼を見て多重人格者かと突っ込みたくなったが、アフターとはいえまだ仕事中のようなものだ。あまり失礼な事は言えぬと言葉を飲み込んだ。

それから再び積極的な態度に変わったマルコさんに正直どう対応していいのかわからず、ただただ笑顔を貼り付け楽しくもない話に相槌ばかり打つ地獄の様な時間を過ごしていると、静かな店内によく響くように救いの電話が震え出す。

「あ、マルコさんすみません、電話いいですか?」

「ん?あぁ、いいよい」

やっと解放されると思いながら唯一個室のトイレへと入り通話ボタンを押した。

「もしもし?ロー?」

「あぁ…大丈夫か?」

「ん、何か変わった人でさ…もうヘトヘト」

「ククッ、金持ちは変人ばかりだからな。気を付けて帰れよ」

「はーい、ありがとね」

電話を切りやっと帰れると安堵の溜息を吐きながら、少しマルコさんの事が気になった。

読めない行動に豹変する態度。見た目だけでは決して悪い方ではなし、初めも感じたが女には不自由してないだろう。そんな男に口説かれて悪い気はしないが、所詮客の壁は乗り越えれない。

気になりはしたが考えても仕方がないと、世の中いろんな人がいるものだと適当に終決し、やっと解放される仕事に浮き足立った心で席へと足を向けた。

「マルコさん…ごめんなさい、もう帰らないと」

「ぇ、そうなのかい?」

「サッチさん達も居ますし…まだ飲まれますか?」

「あ―いや、俺も出るよい」

「すみません、」

予定通りと内心頷きながらリーゼント達に軽く挨拶をして店を出た。

そうしてすんなりタクシーでも拾ってくれると思いきや、腰を引き寄せ帰したくないなどとほざき始めたマルコさんに再び疲れがどっと押し寄せる。

「マルコさん…また今度、ね?」

「#name#…もう少しだけダメかい?」

「ごめんなさい…っ、」

「いいだろい、#name#」

「いや…今日はほんとにもう」

「…………いくらだい?」

「は?」

「いくらだったらいいんだい?」

「なっ、」

「遠慮なんかしないで言ってみっ!?」

「バカにしないでください!」

「ぇ…」

「水商売してるからって、お金払えば簡単に抱けるとでも思いましたか!?最低です!!」

「ゃ、#name#…」

「最低です!!」

なかなか要望に応じない私とマルコさんの押し問答が続く中、鬱陶し過ぎて蹴飛ばそうかと思った矢先、急に黙り込んだかと思えば思い付いた様に口にした言葉に私はカッと頭に血が上ってしまう。

その言葉はあろうことか一番嫌う部類の内容でまさに地雷というやつだ。

そんな私は気付けば腕が宙を舞っていて、パシリと渇いた音を立て勢いよく目の前の最低男の頬をひっぱたいていた。

我が身に何が起きたのか分からないのだろう酷く間抜けな顔でこちらを見つめる彼に、怒り露に罵声を浴びせ飛び込むようにタクシーに乗り込む。

行き先を告げ心を落ち着かせようと固く目を閉じる中、叩いた掌がじわりと熱を放ち深い溜息がでた。

既にネオンの光が途切れた住宅街を見つめながら、ローに怒られそうだと思わず苦笑いが漏れる中、なにか裏切られたような虚しさが心の中に広がっていくのを感じていた。

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