私の中の優先順位 | ナノ
24 踏み出す勇気
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身近過ぎる彼との距離に日々高まっていく鼓動を厭でも感じながら、もうとっくに心の大半をマルコさんで埋め尽くされているというのに、未だ素直に気持ちをぶつけられずヤキモキとした感情を抱えたまま時間だけが過ぎていった。
ただ一言、『好き』と言う言葉を口にすればいい事なのに、なぜこんなにも戸惑いが生まれるのか。
考えてもなかなか辿り着かない答えを前に、日々蓄積されていく苛立ちや疑問は後少しで私のキャパシティーを越えてしまいそうだった。
「まだ続いてんのか?あいつと」
「んー?うん…お陰様で」
「へぇ…意外だな。ククッ、金の切れ目が縁の切れ目って事か?」
「は?なにそ」
「#name#!ねぇねぇ!あのいつも来るVIPのお客さんと付き合ってるって本当?」
「っっ、え、いや…」
心の中で繰り広げられる葛藤劇をそのままに、閉店を迎え一息吐いていた最中投げ掛けられた不可解なローの言葉。
その言葉に思わず寄った眉間の皺は、新たに掛けられた同僚の声で一気に深みを増してしまった。
「あぁー…なんで?」
「だってこの前、店に来てないのに迎えに来てたじゃない?あれってそういう事じゃないの?」
「あぁ…あれはご飯食べに…」
「あれ違うの?なーんだ、まぁそうだよね。あのお客さん顔はいいんだけどなんか無愛想だし付き合っても楽しくなさそう」
「っ…、あー…」
「でもさ、お金持ってるから許せるよね?あれで貧乏だったら最悪よ、最悪」
「………、」
「おい酔っぱらい。さっさと着替えて帰れ」
「えー、いいじゃん。ねぇー#name#?」
「っ…、う、うん」
「でさぁ、なんか買ってもらったの?結構羽振り良いしさーーー」
そんな、普段は最高のストレス発散になる話題も、何故か相手がマルコさんだと胸の奥がチクリチクリと痛みだし息苦しさまで感じ出す。
それから暫くの間、アルコールも加担した同僚は面白可笑しくマルコさんをネタに口を開いていた。
その休むことなく続く話に曖昧な受け答えを返しながら、頭の中ではまるで霧が晴れるように思考が定まっていく。
客と付き合うという事。
その行為は言わずもがな皆が思うあざといやり方の代表で、要は本気ではない打算的な関係。
しかしそんな関係を持ったホステスに向けられる周りの目は、お金に目が眩んだ現金で意地汚い女が厭でも脳裏にこびり着く。
そんな今現在置かれた自分の身に気付いた途端、鮮明になる戸惑いの正体。
あぁこれかと、そう一人納得し無意識に緩んだ口元で煙草を取り出し火を点ければ、無言で淡々と電卓を弾いていたローがゆっくりと目線を此方に向けてきた。
その目線に自嘲的な笑みを向ければ、同僚は気が済んだのか笑顔のまままた明日と言葉を掛け離れていく。
嵐が去った様に静まり返った空間で、今度は見透かすような目付きを纏いローが笑い声を上げ出した。
「ククッ、お前…、やけに仏頂面だったな」
「あー、わかった?なんか…さ、今の話で気付いちゃったんだよね」
「はっ、恋人の悪口は訊きたくないか?」
「……、みたいだ…ね」
「……、はぁ…、なに本気になってんだ、アホが」
「うん…、自分でも驚いてる」
「………ったく、はぁ…、こればっかりは仕方がないか」
「…うん」
「…まぁいい。ほら、たまには飯でも食い行くか?」
「ローの奢り?」
「ククッ、お前が財布を出した事があったか?」
「はは、ないね」
「ほら、閉めるぞ」
「あ、ちょっと待って、メールをーーー」
ローの諦めに似た雰囲気をひしひしと感じ少し言葉に詰まった。
それでも、私がお金目当てじゃなくマルコさんの側に居るという事を、ローがちゃんと分かってくれたんだと思うと胸がホコリと温かくなる。
私が踏み出せなかった理由ーー
同僚に胸を張って公言出来なかった理由ーー
それは結局自分の体裁を守るだけの下らない理由で、いくら好きだ本気だと叫んだ所で根強い固定観念の前では意味を成さない所かよけい悪循環を招く結果に終わってしまうと、そう一人勝手に思い込みしり込みしていただけだったのだと。
そんな今ではすっかり消え去った戸惑いの根源に爽快感を感じながら、何を言うまでもなく横を歩くローに底知れぬ感謝の気持ちが生まれ、それと同時に踏み出す勇気さえも湧いてきた。
ちゃんと分かってくれる存在が居ることに安心感を感じながら歩く私の頭の中は、きっと今頃、遅くなるとメールしたマルコさんが寂しげな顔で帰りを待っているかもしれないと、そんな情景を想い描き愛しさに包まれていた。
「あー、食ったな。もう一軒行くか?」
「はぁ?元気だね………んー、今日はいっか。いいよ、行こ」
「ククッ、今日は朝までコースだな」
「…朝までは勘弁」