私の中の優先順位 | ナノ
18 浸る優越感
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グズリ、グズリと、到底目の前の男から発せられているとは思えぬ音に当然ながら眉間に皺が寄る。
いつの間にやらお腹に顔を埋めて、その何の為に鍛え上げたのか分からぬ腕はしっかりと私をホールドして離れそうにない。
"すがり付く"
例えるならまさにこの言葉が適切だろう。
しかし男の涙がこんなに困惑するものとはーーー
「ちょっと…ねぇ、マルコさん…」
「嫌だよい嫌だよい!別れるなんて…グズ…嫌だよいっ」
「はぁ…そんな事言われても…ってか泣かないでよ」
「グズ…無理だよい…む、胸が…引きちぎられそうでよい」
「はぁ……」
じわりと腹部から伝わるこもった熱に更に深まる眉間の皺を指で押さえながら、どうしたものかと首を捻った。
時刻はまだギリギリ間に合う。しかしこの状況を打開する術は、今までの経験を総動員してもまるっきしお手上げ状態だった。
「あのさ…昨日の言葉。覚えてる?あんな仕事って」
「グズズ…よ、よい」
「あれってバカにしてるよね?」
「違うよいっ!そう言う意味じゃねぇんだい!」
「……じゃぁなによ?」
「あれはよい、あれはーー」
面倒臭いがもう彼を納得させるしかないと口を開けば、勢いよく上げられたぐちゃぐちゃの顔がすかさず異論を唱えだす。
彼が言うには、あれは私の仕事を蔑むような意味ではなく、雇用保険や有給その他諸々、雇用者を大事にしていないシステムを不安に感じたのだと、そう聞き慣れない単語をつらつらと並べ力説してきた。
そんな息継ぎ皆無で捲し立てる彼に半分上の空で頷きを返しながら、あぁ、そういう事かと少し胸の支えが下りるのを感じる。
そんな真相を訊き終え、態とらしく腑の落ちない溜息を吐きながらも、実をいうと先程から厭でも沸き上がる感覚に私は上がる口角を必死で堪えていた。
その感覚の正体はまさに優越感。
歳上でしかも社会的地位やルックスも備えた彼からの、涙ながら必死の復縁。そんな事実が私に猛烈な優越感をもたらしていた。
「そういう…事なら…」
「か、考え直してくれるのかい!?」
「ん…、いいよ」
「#name#!!ありがとよい#name#…」
「……うん」
別れを覆した途端喜び露にきつく抱き締められた。
彼への気持ちは落ちるとこまで落ちてはいたが、この優越感は嫌いじゃない。いや、寧ろ大好物だ。
そんな気持ちを与えてくれた彼に少しの譲歩で復縁を了承したのはいいものの、かなり幸先不安だったりする。
そんな予想も出来ない未来はさて置き、今私を悩ましているのは他でもない再び恋人になったこの男ーー
「ねぇ…いい加減泣き止んでよ」
「無理だよい…グズズ…今度はよい、む、胸がいっぱいでよい」
「はぁ………あーあ、遅刻しそ」
「#name#…今日は…行くなよい」
「はぁ?」
「グズズ…離れたく、ないよい」
「………、今日だけだからね」
「っっ!お、おぅ!」
もたらした優越感は尽く彼への態度を覆していく。
しかし、要望を汲んだ私に向けられるキラキラと澄んだ瞳が眩し過ぎて、哀しいがくすみ切った心しか持たない自分に劣等感なるものが芽生え始める。
それでもそんな私には到底出来ないだろう真っ直ぐな愛情表現を向けてくれる彼に惹かれるものもあって、つい先程までマイナスだった彼への想いが、ゆっくりとゼロになる瞬間を垣間見た気がーーーしていた。