私の中の優先順位 | ナノ

16 一時の幸福



「おーいマルコー?なんだまだ寝てるのかよ…おい起きうおっ!?」

「……ん、なんだい…サッチかい…………っ!!」

「お、おう…おはようマルコ」

「…………見た…よねい?」

「うんやぁー見てねぇよ、おっぱいなんて」

「バッチリ見てんじゃねぇかい!!」

「おっ、不可抗力だ、いや、やめてぇー!悪かったって!!!」


気だるい身体がまだ睡眠を欲しながらも、ギャーギャーと耳障りな雑音に意識が無理矢理引きずりだされ重い瞼が光を取り入れた。

寝起き独特ともいえる違和感を備えた目を擦りながら、動く物体に焦点を合わせれば寝惚けた頭を一気に覚醒させる威力を放つ光景に勢いよく起き上がる。

「なに…してんの?しかも全裸…」

「っつ!?うおぉぉい#name#起き上がるなよいっ!!」

「なっ!?もう…なに」

「#name#ちゃんおはよう」

「…ぁ、サッチさん…おはよう…ございます」

「サッチ!いつまで居るんだい!?でてけよい!」

「わーってるよ、あ、#name#ちゃん朝…昼飯食う?」

「え?あ、はい!食べます」

「了解」

余りの衝撃に起こした体は、声を発した途端目を見開き素早い動きで迫ってきたマルコさんによって再び枕へと押し付けられた。

そんな荒行に抗議の声をあらげようとすれば、横からの陽気な挨拶に遮られ第三者の存在が明るみにでる。

「マルコさん痛いよ…」

「あ、あぁ…悪ぃ。だってよい、裸だってこと忘れてるだろい?」

「ぇ…あ、ほんとだ。見られちゃった?」

「……いや、ギリギリセーフだよい」

荒行の真意を掴めたことですっかり目覚めた頭は、未だ裸で覆い被さるマルコさんに苦笑いを漏らしながら昨夜の事を思い出す。

彼氏…になったのであろう目の前の人物をまじまじと見つめ返し、何故か深い溜息が漏れてしまった。

「な、なんだい?」

「ん?いや、さ。私マルコさんの彼女に…なったんだよね?」

「っ…、あ、あぁ。そうだよい」

「ふーん…ま、いっか」

そんな私の発言にあからさまにショックな面持ちを見せながらも、再びムクリと起き上った私にすかさずバスローブを羽織わせるマルコさんに少しだけ胸がほわりと和んだ。

さりげない気遣いや優しさが嫌味なく施せる辺り、大人だなと思う反面、愛されている実感が湧いてくる。

もともと追うより追われる方が性に合っている所為か、未だ実感の湧かないこの現状をじわりと受け入れながら彼とはうまくやっていけそうな予感が頭を過った。

「わぁ…おいしそう」

「だろ?俺、こう見えても料理が得意なんだぜ?ささ、食べてくれ」

「その髪型からは想像も付きませんね。頂きます」

「はは、よく言われるよ」

バスローブのまま向かったダイニングには、綺麗に飾り付けがされたフレンチトーストにサラダ、そして希望通り砂糖多めのカフェオレが用意されていた。

レストラン並のその光景と味に賛美の声を上げながら、否でも感じる向かいに座る見慣れたリーゼントからの好奇心ありありな眼差しに思わず苦笑いが漏れる。

「ふふ、サッチさんなんですか?」

「え?そりゃぁ…なぁ?マルコ」

「ん?あぁ。そのよい、#name#と…その、付き合う事になってよい」

「かぁー!やったじゃねぇか!いやいや#name#ちゃん、ありがとな!いや、違うか。よろしくな!」

「はは…あー、はい。でもまだ曖昧…だよね?」

「っ、あぁ…ょぃ」

「ん?なんだマルコ?曖昧って?」

「なんでもねぇよい」

「……」

行き着く先は見えていたが、予想通りの反応を見せまるで自分の事のように喜ぶサッチさんに少し戸惑いながら、馴れ初めをほのめかす言葉を返し同意を求めるようにマルコさんに振り向けば忘れてましたと云わんばかりの苦笑いが返される。

おいおいと突っ込みたくなる処をぐっと堪え目線だけで心情をぶつけるも、返された瞳はサッチの前で言わないでくれと切実に語っていて聞こえない程度の溜息を漏らした。

「まぁ…付き合う事には…なったんだよな?」

「そう…なりますね」

「あーそっか。じゃぁ寂しくなるな…」

「ん?何がですか?」

「え?だってもう店辞めるんだろ?#name#ちゃんのドレス姿見れなくなると思うとちょっと寂しいぜ」

「きしょく悪ぃ事言うんじゃねぇよい、だいたいお前なんかに見せる為に#name#は」

「辞めませんよ?私」

「「は?」」

「はい?」

見事に被った驚愕の声に、何故マルコさんと付き合い出したからといって店を辞めなければならないのかと、此方もただただ首を傾げるばかりだ。

「い、いや…、#name#はあの仕事が好きなのかい?」

「ん?どうだろ、普通?」

「あれだろ#name#ちゃん?将来自分の店持ちたいとか…そんなのか?」

「いいや…違うけど」

「なぁ#name#、あのよい、不自由ない生活を約束するからよい、や、辞めてくれないかい?」

「なんで?」

「な、なんでって…」

「じゃぁマルコさんは私と付き合い出したからって、会社辞めてくれるの?」

「は?お、俺は辞められねぇだろい」

「じゃぁ私も辞められない」

「っ、いや、でもよい…あんな仕事いつまで」

「マルコっ!」

「……あー、ご馳走様でした」

「え…あ、いや#name#?」

「あたし帰るね、用事があるの」

「へ?お、おいちょっ」


マルコさんから飛び出た禁句ワードに喉まで出掛かった怒りをグッと堪え、引き吊る顔を見られぬようすかさず立ち上がった。


“あんな仕事”


限り無くど真ん中の禁句ワードの一つだ。

そんな地雷を踏まれた私は、意味が分からないといった感じで狼狽するマルコさんに一度冷たい視線を投げ掛けながら、先ほどまで感じていた二人の未来に亀裂が生まれたのを感じていた。

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