私の中の優先順位 | ナノ
12 芽生え出す心
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玄関に辿り着くより前に、痛いくらいに腕を掴まれ引き寄せられた。
意思とは裏腹に溢れ落ちた涙を咄嗟に拭い、顔を見られぬよう俯き涙腺を抑えるかのように奥歯を噛み締める。
「待てよい#name#…っ!?な、泣いてるのかい!?」
「っ、…ちがう」
「っ、#name#、話…しないかい?」
「……いや」
「はぁ…いやじゃ…ねぇよいっと」
「わっ!いやっ!ちょっと!おろしてっ」
逃がすまいと掴む力は意外にも強くて、向き合う形に身体を回転させられれば直ぐ様泣き顔を見られてしまった。
虚勢を張る私に浅い溜息を溢した後、強引なまでに抱き抱えられ吠える声など聞こえないというように彼の足はリビングへと向かっていく。
「なっ、何この体制!?いやっ!離してください!」
「ダメだい。これだと逃げれねぇだろい?で…?何があったんだい?」
「っ、何にもありませんよ」
「#name#。言ってみろい。何を聞いても受け止めてやるからよい」
「……」
下ろされた場所は予期せぬ彼の膝の上で、がっしりと腰に回された腕の所為でピクリとも動かない。睨むように抗議の声をあげれば、私を見つめる双眸は優しく宥めるように真っ直ぐと向けられていて、その視線にバツが悪そうにそっぽを向き言葉を飲み込む。
そんな息が掛かりそうな距離にいるマルコさんを再び睨み付けながら、逃げ場のないこの状況に自暴自棄を通り越したような感情が生まれ、気持ちを整理するかのように深く溜息を吐いた。
「泣いてるのは、自分でも…よくわかんなくて」
「ん」
「っ、私は…マルコさんが思ってるような女じゃ…なくて」
「…ん、それから?」
「…っ、だから…マルコさんが本気だとか言う言葉がバカみたいって…思ってて」
「…、じゃぁ見せてみろよい。本当の#name#をよい」
「……知らない方が…いいよ」
「いや、聞きたいねい。それに、既によそよそしい敬語が取れてんじゃねぇかい」
「ぁ…」
「な?言ってみろよい」
言う事がないと思っていた暴露は、一つ口にすれば心のもやがまるで比例しているかのように消え去っていくのを感じる。
言葉を繋ぐ私を見つめるマルコさんの表情は、宣言通り全てを受け止めるように暖かく見守っていて、その様子に少しむず痒くなりながら、隠しても仕方がないと偽っていた自分を淡々と吐き捨てていけば、まるで大人の余裕を見せ付ける様な態度にじわりと苛立ちなるものが芽生えていく。
「ハハッ、そうだったのかい」
「…、何笑ってんのよ。騙されてたのに怒らないの?」
「いや、別に軽蔑もしてなきゃ怒ってもねぇよい」
「っ、善人ぶらないでよ」
「善人ぶってねぇよい。寧ろ嬉しいねい、もっと惚れちまったよい」
「……嘘くさい」
「……、信じろよい」
至極嬉しそうな表情をするマルコさんに多少困惑しながら、煽るように悪態を吐けば嘘ではないと真剣な眼差しを向けられ更に困惑が増していく。
彼の描いていた私を破壊した後だというのに、咎めるわけでも呆れる訳でもなく、至って優しく愛しそうな手付きで背中を撫でる温かさにトクリと、痺れるような感覚が解き放たれる気配がした。
「で…よい、何でいきなり…抱かれようと思ったんだい?」
「なんとなく」
「な、なんとなくかい?でもよい、なんつうか…自惚れてもいいのかねい?」
「何を?」
「っ、俺に抱かれたいって事はよい…少しは気があるんだろい?」
「わかんない」
「わ、わかんねぇって…」
「だってよくわかんないんだもん、自分の気持ち。でも…」
「でも?」
「エッチしたらわかるかも」
「はっ!?何言ってんだい、まったく…さっきも言ったろい俺は」
「じゃぁ……帰る」
「っ!?いや…待てよい、いや、でもよい」
「ヘタレだね」
「ヘタ…はぁ………どうなっても知らねぇよい」
湧き出る感情の正体には見覚えがあって、しかしそれはまだおぼろ気な不安定なものだ。
それでも確かに感じるその感情は私を追い立てるように迫ってき、素直になれない捻くれた性格はマルコさんの言葉に反抗的な態度をぶつける事で捌け口を見付けていた。
そんなどうしようもない私がこの状況ですんなりと口にした当初の思惑に、見飽きた焦りを見せるマルコさんの唇が重なる瞬間、再びトクリと鳴った心音が先程とは違って酷く心地好く感じていた。