私の中の優先順位 | ナノ

11 結局は絵空事



「あー、家に食い物なんもねぇからよい、店行かねぇならコンビニでも寄るかい?」

「…そうですね」

「っ、#name#。無理しなくていいよい、…家まで送ろうかい?」

「っ、無理なんてしてません!」

「…っ、そう…かい」

困ったような眼差しで要望をのんでくれたマルコさんと夜の街を歩きながら、自分から言い出したとはいえ、やはり気持ちが揺らいでいた。

その様子を直ぐ様汲み取った彼は私に逃げ道を用意する。しかしここで引き下がるわけにはいかないと、咄嗟に出た返事は少し投げやりに聞こえただろう。

彼に抱かれる事を戸惑ってるんじゃない。好きなのかと訊かれれば返事に困るが、決して嫌いではないし恋人じゃない人だからと貞操を守る柄でもない。

確かめたい気持ちは変わらず根付いていて、問題はその後の彼の反応だ。きっと私の望む展開にはならないだろう。しかし一番の問題は、その先に何を望んでいるのかさえ自分でもよく分からずにいるこの矛盾した思いが足取りを重くしている。

それでも一線を越える事で、少なからず何かしらの変化を得られると、私はそう信じていた。

「着いたよい、#name#」

「あ、はい。わぁ…綺麗なお部屋」

「適当に座ってていいよい、何飲む?#name#の好きなワインもあるよい」

「っ、じゃぁワインで…あ、私も手伝います」

「あ、あぁ。ありがとよい」

「マルコさん本当に結婚してなかったんですね、絶対してると思ってたのに」

「ん?なんだい、疑ってたのかい?嘘なんか吐かねえよい」

「ふふ、ごめんなさい」

まだ僅かに揺れる気持ちのまま到着したマルコさんの自宅は、彼という人間を照らし合わせた様に洗練された大人の空間で少し尻込みしてしまう。

そんな動揺も含め誤魔化すように要らぬ言葉を吐きながら、差し出されたグラスを両手に促されたソファーへと腰を下ろした。

「マルコさん…そんなに見つめないでくださいよ」

「あ、あぁ、いやよい、ここに#name#が居るのが不思議っつうか…」

「あ、わかります。私も今すっごく不思議な気持ちですよ」

「っ、そ、そうだろい?まさかこんな日が来るなんて思いもしなかったよい」

「こんな日?ふふ、それってどういう意味ですか?」

「ぅ、いや…ほれ、乾杯」

だだっ広いリビングのソファーに座り意味有り気な視線を私に固定しているマルコさんに苦笑いを漏らしながら、あまり好きではないワインをこの先の促進剤にする様に一気に流し込んだ。

「飛ばし過ぎだろい…。なぁ…#name#、何で…いや」

「…、何で泊まりに来たか、ですか?」

「っ、あぁ。何かあったのかい?」

「…理由がないと、抱いてくれないんですか?」

「っ、いや、理由っつうか…、おい、飲み過ぎだよい。っ!?」

「マルコさん…」

「ち、ちょっと待てよい!#name#、取り敢えず、な?落ち着いてくれい」

「……」

立て続けに三杯程飲み干せば、困惑混じりの声色と共に隣から伸びた腕は私の手からグラスを取りあげた。

そしてそれを合図とでもいうように、未だ指一本も触れてこない彼の首に絡み付き自ら唇を寄せれば、あたふたと身悶えながら引き剥がされその瞬間プツリと何かが弾ける感覚を覚える。

「いやぁ…その、やっぱ何かあったんだろい?どうしたんだい?」

「……なによ」

「ん?」

「なによっ!エッチしたいんじゃないの!?だからあんなに店にも通ってくれてたんでしょ!?」

「は?いや、何言って…」

「抱いてくださいよ、いいって言ってんだから抱けばいいじゃないっ」

「ば、…はぁ。何か勘違いしてるようだが…#name#?俺はよい、」

「っ、」

「んな顔すんなよい…、いいかい?#name#。俺は本気でお前に惚れてんだい」

「っ、……うそ」

「嘘じゃねぇよい」

「…、」

「だからただ抱きたい訳じゃなくてよい、#name#の心が俺に向くま」

「私の…どこが好きなんですか?」

「っ、そりゃ…たくさんあるが、そうだねい…女らしくて…儚げな――」

「っ、そうですか」

「#name#?」

「っ、ごめんなさい……帰ります」

「ぇっ、お、おいっ!!」

何が起爆剤になったのか自分でも分からぬ内に、気付けば声を荒げ勢い任せに秘めていた心内を吐露していた。

聞き飽きた絵空事の様な言葉を遮り問い掛けた疑問は、それを聞いた彼の反応も、繋がれるであろう言葉も予想は付いていて、それでも直接脳に響くその戯言は一気に冷静な心を引き摺りだし私を冷やしていく。

急速に冷えた心は何故か鼻の奥をツンと刺激し、泣きたくもないのに込み上げる涙を隠したくて俯いたまま逃げ出すように鞄を掴んだ。

結局私は何がしたかったのだろうかと、吐き気すらしそうな胸のムカつきを感じながら呼び止めるマルコさんを振り払い足は止まることなく玄関へと向かっていた。

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