私の中の優先順位 | ナノ
09 芽生えた虚しさ
待ち合わせ場所は帰宅ラッシュも伴い大勢の人が賑わう街中で、人混みをすり抜け目的地へと目指せば、手持ちぶたさに携帯を弄っているマルコさんが直ぐに目に入った。
暮れかけているとはいえまだ日が昇る時間帯に会うのは初めてで、その異風感に少しの緊張が過るがそれを上回るように心が弾んでいた。
弾むと言っても、それは別に恋心などの甘酸っぱい感情などではなく、お得意の計算尽くしで固めたこれからの予定だったりする。
「マルコさん!お待たせしました」
「#name#。いきなりすまないねい」
「っ、いいえ!お誘いありがとうございます。あの…、一件行きたいお店があるんですけど…」
「ん?おぉ、いいよい。行こうかい?」
小走りで駆け寄れば私を捉えるなり無表情だった顔がふわりと緩んだマルコさんに、まるで不意討ちを喰らった様にドキリと心音が跳ねた。
年上の男性の、しかも明らかに強面系な彼の屈託のない笑顔には正直爆発的な破壊力があり、しかもそれが自分に向けられているなら尚更だ。
そんなざわつく心音を鎮めながら、隣を歩くマルコさんに控え目な感じで腕の辺りの服を掴めば、驚きながらも俄然上機嫌になった彼に内心ニヤリと口角があがった。
それはこれからシナリオ通りにマルコさんを動かす為に必要不可欠な行動で、なんなら手だって繋いでもいい。
そんな私の腹黒い魂胆は、今向かっているお店で彼におねだりをしようと考えている。店での振る舞いからすれば、間違いなく彼はこのシナリオに乗ってくれる筈だ。
「で、どこに行きたいんだい?」
「はい、昨日雑誌で見た靴が凄く可愛くて…あるか分からないんですけどね」
「靴かい?置いてなかったら取り寄せてやるよい」
「ぇ?いえ、そんな悪いです」
「遠慮すんなよい。他に欲しいもんはないのかい?服とかアクセサリーとかよい?」
「…、うーん…」
睨んだ通りの反応に更に上がった口角を隠しつつ、結局靴から服までかなりの量を貢がせる事に成功した。
そんな思惑通り以上に応じてくれるマルコさんに、まだ出逢って間もないとは思えぬ信頼感と安心感のようなものがほこりと芽生える。
客として出逢ってなければどうなっていたかなと、一人妄想に耽りながら両手いっぱいに紙袋をぶら下げたマルコさんをチラリと盗み見た。
「マルコさんありがとうございました。でも…こんなに沢山…これ持ってお店は…」
「ん?あーそうだねい、一度家に置きに帰るかい?」
「ん…そうですね」
「#name#、家は近いのかい?」
「あ、はい。タクシーで十五分…くらいです」
「じゃ、置きに帰ろうかねい」
「…、すみません」
そんな努めて優しいマルコさんを見ていると、何か酷く悪い事をしているような罪悪感が沸き起こる。
タクシーに乗り込み手と手が触れ合いそうな距離にいるマルコさんを感じながら、罪悪感に加えどうしようもない虚しさが心に染み渡ってきた。
彼は私の狡く醜い心内など全く知らないのだろう。
そして偽りで身を固めた私に好意を寄せてくれている。
もし素の私を晒したらマルコさんは一体どんな反応をするだろうか?
そんな事を考えながら、少し険しい表情をしていた私に不思議そうな眼差しを向けるマルコさんを、肩を竦め何事もなかったように笑顔で見つめ返した。