私の中の優先順位 | ナノ
08 無自覚な心
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昨夜マルコさんの予期せぬ来店のお陰で今月の売上げ目標を既に達成してしまった私は、確実に二日酔いを覚悟したにも関わらずなんとも爽快な気分で目を覚ました。
軽やかな足取りで洗面所に向かいながら、今や私の中で王子様と名付けられたマルコさんの事を思い出す。
リーゼントの言う通り、マルコさんという人間が誠実で女を金で買うような無粋な真似はしないというのが事実ならば、あのルックスに財力も加わりまさに私の理想の男だったりする。
それにあのうぶさ。見た目とのギャップがなんとも可愛らしい。客として出逢ってなければ間違いなく瞬殺で堕ちていそうだ。
しかしどう転んでも客は客。恋愛感情まで辿り着くのはなかなか難しいだろう。
それにまだマルコさんの事は何も知らない。何処に住んでいるのか、結婚はしているのか、その他諸々彼は自分の事をあまり話さなかった。
話さないという事は私に知らせる必要がないという事だ。あの偽りだらけの空間だけで後腐れなく楽しめればそれでいいのだろう。
これから先どのくらいのペースでお金を落としてくれるかは分からないが、マルコさんの様な客は稀に見る上客中の上客。まさにホステスからすれば神様的な存在。
彼に巡り逢えた事を感謝しながら何がなんでも絶対離したくないと意気込みを入れた瞬間、ふいに営業用の携帯が思考を遮るように唸りをあげた。
「あ、マルコさん。今ちょうどメールしようと思ってたんですよ」
「そ、そうなのかい?そりゃ嬉しいよい」
「フフ。昨日はご馳走様でした。ケーキも凄く美味しかったです」
「おぉ、喜んでもらえて良かったよい。あー#name#、あのよい、同伴っつうのがあるんだろい?その、飯食って一緒に店に行くっつう…」
「え?あ、はい。ありますね、同伴」
「それをよい…今日しねぇかい?」
「っ!ほんとですか?嬉しいです!」
「おぉぅ、じゃぁ――」
マルコさんの事を考えていた矢先の着信に、なんてタイミングがいいのかと正直少し感動する。
そしてまさかの三日連続の来店。あの口調からするとリーゼントにまた入れ知恵でもされたのだろう。
今の所リーゼントの入れ知恵は私にとって吉と出ているが、いつかその遊び馴れした知識が凶と出そうで少しの不安が過った。
しかしそれもまだ先の話だろうと、リーゼントの息が完全に掛かる前にマルコさんをもっと私に嵌まらせれば問題ないと営業野心が芽生え出す。
「あ、ロー?今日マルコ王子と同伴してくるね」
「…あぁ、すげぇな、三連チャンか」
「ん、まさに王子様だよね!じゃ」
「いや、待て。二人きりか?」
「え?たぶん…」
「…、#name#。あの客にあんまり入れ込むなよ」
「ん?なにが?」
「…いや。じゃぁ後でな」
歯切れの悪い感じで終えた会話に疑問符を浮かべながら、ローの言葉がやけに頭にこびり付いて離れずにいた。
入れ込むな。それは惚れるなという意味だろう。客に惚れれば業務に支障が起きる。ローはそれを言いたいのだと解釈した。
そんな事をいちいち言われなくても分かっている。確かにマルコさんは客としても男としてもかなり魅力的だが、もし仮に好きになったとしても、ローに迷惑を掛けるつもりもなければ身を滅ぼすほど溺れはしないだろう。
そんなありもしない仮定話に自嘲しながらも、刻一刻と迫るマルコさんとの待ち合わせ時間に備え支度をする私の頬は無意識に緩んでいたのだった。