鬼畜な彼の愛し方
| ナノ
仮説×真相
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放課後に音楽室で。
そうメールで告げた通り、何かといわくのあるあの場所に足を向けながら短すぎた関係に浅く溜息を吐く。
躊躇いはあまり感じられなかった。ローと言う後ろ楯が居るからか、それともマルコ先輩への気持ちが薄れてしまったのか――。
まるでこうなる事が決まっていたかの様に諦めに似た感情が宿る中、ガラリと戸を開けば窓際に佇む彼がすぐ様目に飛び込んでくる。
目を細め無言の圧力を掛けてくる彼を目の前に、少し怯んだ心を隠すように奥歯を強く噛み締め手が届く距離まで近付けば、もどかしい距離を縮めるように両手を掴まれ引き寄せられた。
「なんだい?話って。だいたい昨日」
「別れてください」
「…あ?」
「もうマルコ先輩とは一緒に居られません」
「っ…」
言葉を遮り単刀直入に本題を口にすれば、ガシリと捕まれた両手首が悲鳴を上げながら彼の息を呑む音が鼓膜に届く。
「どういうこったい?#name#」
「っ、もう無理なんです」
「だから何がだい?」
「いっ、痛いです…」
「っ…」
言葉を放つ度に掴む力を強めてくる彼に、眉をしかめ訴えれば苦虫を噛み潰した様な表情のまま少しだけその力を弱めてくれた。
珍しく素直に聞く体勢に入った彼に少し驚きながら、ポツリポツリと頭に浮かんだ別れの理由を口にする。
自分勝手過ぎる事、私を尊重してくれない事、束縛し過ぎな事、そして、彼の気持ちがわからない事。
そんな彼とはこの先付き合っていく自信がないと、真剣な眼差しで告げていく。
話している間両手を掴んだままの彼はずっと下を向いていて、話終わった今でさえ沈黙を続けている。
納得してくれたのか、言葉が見当たらないのか、表情の伺えないマルコ先輩を覗き込む様にしゃがみ込めばそれと同時に力強く胸に閉じ込められた。
「っ、マルコ先輩?」
「……だい」
「ぇ?何ですか?」
「…どうすりゃいいんだい?」
「……え?」
「…直す…ように努力するからよい」
「え…」
「…別れるなんて…言うなよい」
「っ…」
一瞬あまりにも予想外な言葉を理解する事が出来ず、再度尋ねればボソリと聞こえた驚愕の言葉にトクリと心音が鳴った。
怒鳴り付けるか横暴な手段を取るか、まさか下手に出るなんて夢にも思わない行動に出た彼に、やんわりと肩を押し返し目線を合わせる。
「マルコ先輩…」
「っ、どうすりゃいい?」
「…?」
「どうすりゃ#name#の不満が無くなるんだよい!?」
「……ぁ」
先程の言葉を探るように見詰めれば、噛み付くように投げられた疑問符に私の中にある仮説が浮上した。
「あの…マルコ先輩、私以外に付き合った人…いましたか?」
「あ?いる訳ねぇだろい」
「やっぱり…」
「…あ?」
そんな返答に一歩終結への階段を上り出す。
自己中で横暴な性格は本質なのかもしれないが、恋愛は経験がものをいう。
そんな積み重ねのない彼は、もしかしたら恋人との付き合い方がわからないのではないかという、少し笑える仮説が私の中に生まれたのだ。
そうして確かな確信とずっと心にあった疑問を解決する為に、もう聞く事はないだろうと思っていた言葉を投げ掛けた。
「マルコ先輩、私の事好きですか?」
「あ?当たり前だろい」
「ちゃんと好きって言葉をください。じゃないと信じられません」
「なっ、っ…」
そんな最終手段を喰らった彼は、予想を裏切る事なくみるみる顔を赤らめ視線をそらす。
「言わなきゃわかりませんよ」
「っ、くっ…、ぅ…」
「マルコ先輩」
「ちっ、……」
「先輩」
「あーもう煩ぇよい!言えばいいんだろい、言えばっ」
全く退く気がない私に投げ槍な言葉を吐きながら、既に耳まで真っ赤に染めている彼に先程まで別れを決意していた自分がまるで嘘のように愛しさが込み上げてくる。
今まで口にしてくれなかった理由がやっと明らかになった事で、彼を疑い信じられなかった自分を咎めながら先を促すようにキュッと彼の腕に力を込めた。
そんな私を未だ茹でタコの様な顔でパクパクと口を開け閉めしながら見つめるマルコ先輩に思わず頬が緩みだす。
「な、なに笑ってんだい…」
「だって、フフ、顔真っ赤ですよ」
「っ!気、気のせいだよいっ」
もうその顔を見れただけで十分想いは伝わってきたが、どうせならと、口元を引き締め直し見守るように言葉を待った。
「はぁ…、#name#」
「はい」
「あ、あ、あ、愛してるよい」
「マルコ先輩…フフ、どもり過ぎです」
そうしてやっと聞く事ができた愛の言葉は、可笑しなくらい可愛くて、愛しくて、言い表せない感情が全身を包み込んでいく。
彼を信じようともせず、愛される事ばかり望んでいた自分を振り返り謝罪の言葉が込み上げてきたが、至極得意気な彼を見て寸前でそれを飲み込んだ。
その顔に再度頬が緩むのを必死で堪え、譲歩の姿勢を見せてくれたこのチャンスを活かしていこうと私の中にある感情が生まれながら、これからはもっとわかり合っていけると彼と歩む道程に期待が膨らんでいくのを感じていた。