鬼畜な彼の愛し方
| ナノ
第二歩×奈落
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マルコ先輩に意思表示をした翌日、まるで胸の支えがなくなった様に心も体も軽くなり、対等に接したいと言った私の言葉を笑いながらではあったが、どこか嬉しそうに頷いてくれた彼にもどかしいくらいの胸の高鳴りを感じた。
これからどうなっていくのかは分からないが、以前に比べれば確実に良い方向へ向かっていると、思う。
例え伝わっていなくても、せめて嫌っていない事だけは理解して欲しいと切実に思いながら、それでも、胸の内を曝け出すにはまだ勇気が無く、あの対等にと言う言葉でどうか気持ちを汲んで欲しいと密かに期待した。
しかし、彼はあの言葉をどう解釈したのだろうか?
対等を張り合う意味だと勘違いしていないだろうか?
それともきちんと、怯え従うわけではなく自分の意思で彼の傍にいたいという私の気持ちをわかってくれただろうか?
後者である事を願いつつ、まだ先の見えない関係に溜息が漏れる。
そんな漏れた溜息に、心配そうな、それでいて少し遠慮気味な声が私に掛かった。
「どうした?元気なさそうだな?」
「っ?ぁ…エース先輩…」
「よっ!また具合でも悪いのか?」
「いいえ、大丈夫です…」
一難去ってまた一難とでも言おうか。
今ではすっかり忘れていた存在のエース先輩に、心の中で更に深い溜息がでた。
「あのよ…今日部活ねぇんだ。一緒に…帰らねぇか?」
「ぇ…あ、えーっと」
照れくさそうに告げられた誘いに少し戸惑う。
マルコ先輩と繋がりのある彼と関わるのはかなり気が引けたが、いつまでもうやむやにしておくのもいけないと、マルコ先輩との第一歩を踏み出した想いに拍車を掛けるつもりでその誘いに頷きを返す。
そうしてかなりの不安と困惑を抱えたまま放課後を迎え、ぎこちない私を他所にかなり浮き足立った様子のエース先輩と校門をくぐった。
「なんか食って帰ろうぜ?」
「ぁ…はい。」
「部活が忙しくて全然会えなかったもんな、ごめんな?」
「…いぇ」
「よし。あそこ入ろうぜ!」
「…」
会おうと思えばいくらでも会えた筈だ。電話だって、メールだって気になる相手ならば尚更こまめにしていたと思う。
それをしなかった私に、彼は自分の多忙の所為だと解釈し謝罪までしてくる。
これは…どう切り出せばいいのか…
かなり鈍感な彼に、私は困惑し過ぎて徐々に口数が減っていた。
「やっぱり元気ねぇな?どうした?」
「…いぇ。あの、エース先」
「あー、なんか話でもあるんだろ?飯食ったら聴くよ。取りあえず…食え?な?」
「…はい」
私の意を決した様な表情を捉えた彼は、途中で言葉を遮り苦笑いを溢した。
超が付くほど鈍感と思っていたエース先輩は、実はそうではなく、ちゃんと私の心中を察していてくれていた。
きっと、彼もこのあやふやな関係に何かしら見切りをつけたかったのだろう。
それからとても美味しそうに目の前の料理を平らげた彼は、未だ困惑顔の私の手を取り少し先の公園へと歩きだした。
人もまばらなベンチに腰掛け、一呼吸置いた後、先程の続きと言わんばかりに問い掛けられる。
「…で?話があるんだろ?」
「っ…はい」
「なんだ?」
「……」
「……」
「……」
「あー、アレだろ?俺とは…その…付き合えねぇみたいな」
「っ…」
「あぁ…いや、いいんだ。何となくわかってたしよ」
「…ごめんなさい」
「……いや。あー…好きなやつでも…できたのか?」
「ぇ…」
「あ、いや、なんでもねぇ」
「っ…」
「ま、これからも…仲良くしてくれよな」
「先輩…ありがとう…ございます」
「おう、気にすんな」
そんな身勝手過ぎる私に振り回されたにも関わらず、咎める訳でも、ましてや非難する事もなく終始笑顔でこのあやふやな関係に終止符を打ってくれた彼に、申し訳なさでズキリと胸が痛んだが、同時にどこか胸のすく思いに心が軽くなっていく。
そうして家まで送ると言う先輩に断りを入れ少し寂しそうな背中を見送った後、不本意だが無性にマルコ先輩の声が聞きたくなった。
また一つ肩の荷が下り、彼との関係に一歩前進したのではないかと心が弾みだす。
何度目かのコールで応答した彼の声が鼓膜に響いた瞬間、何とも言えない胸の高鳴りを感じたが、少し戸惑ったような声色から間が悪かったのかと思わず謝罪を入れた。
「あ…すみません。忙しかったですか?」
「…いや。何か用かい?」
「ぇ…あ、いや…」
「…#name#。…もう…掛けてくんな」
「…ぇ?」
「もう#name#に付き纏うのは止めだい。解放してやるよい」
「マルコ…先輩?」
「…じゃぁな」
「っ…マルっ…」
そんな思ってもいなかった言葉を吐き捨てた彼は、まるで私の言葉など聞きたくないとでもいう様に通話を遮断した。
この突然の宣告に先程までの高鳴りは何処へやら、一気に奈落の底に叩き落され胸に大きな風穴が開いた私は、暫くその場に立ち竦む。
つい昨日まで当たり前の様に体を重ね傍に居たというのに、何故いきなり開放などとそんな言葉を口にしたのだろうか?
対等に接したいと言った私に煩わしさでも感じたのか?それともただ単にどうでもよくなったのか…
収集がつかない頭でひたすら考える。
しかし答えなど私に導き出せる訳がなく、この彼に突き放された事実に眩暈さえ覚えるほど目の前が真っ暗になっていくのを感じていたのだった。