鬼畜な彼の愛し方
| ナノ
拒絶×焦り
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月明かりと街灯のみの薄暗い道をただひたすら走り、突き付けられた事実に眩暈さえ感じていた。
別に不思議な事などない。体がお気に入りの私。逆らえない私。そんな相手にわざわざ説明するのも面倒だったのだろう。
しかし、景色が見せたかったなどと嘘まで付く必要があったのだろうか?
そんな嘘を付かれるくらいなら初めから告げられていた方がまだマシだ。
それに、以前私以外は抱きたくはないと言ったあの言葉。あれさえも嘘だったのかと思うと苦しかった胸が更に締め付けられた。
あのままあの場所に居れば、私を抱いた後他の人を抱き、そして私は兄弟の誰かに差し出すのか?
そんな光景を思い浮かべただけで、走る事さえも出来ない程体が震え出す。
私の荒い息遣いと波の音しかしない暗闇の中で、まるで導かれる様に砂浜に足を踏み入れ崩れる様にしゃがみ込んだ。
暗くてあの夕暮れ時に見た綺麗な海は拝めないが、今の私にはこの吸い込む様な黒い海の方が気が安らいだ。
そんな黒を眺めながら、好きになりさえしなければこんな辛い想いはしなかったのかと考える。
与えられたものも沢山ある。胸をときめかされた事も。そしてぶつけようがない怒りや悔しさを抱いた事も。そんな過去を全部含めても…私は彼を好きになった。
それでも今回のこの行為はそれを全て洗い流す程、私にとって衝撃的で破壊的な意味を持つ。
もう彼の下には居られない。心の底からそう感じた。
顔も、声も見たくもなければ聞きたくもない。触れられるのさえ嫌だ。マルコ先輩と言う存在全てに拒絶していく自分が生まれる。
あの私を従えさせる写真。もうばら蒔かれようが何だって構わない。
そんな代償を払ってでも、彼との縁を切りたいと、切に思った。
そう決めてしまえば心が少し軽くなる。もう苦しまなくても悩まなくてもいいのだと。
そんな事を考えながら、抱えた膝に顔を埋め目を閉じた。
アルコールと急な全力疾走による疲れがどっと押し寄せて夢の世界へと手招きをしている。
意識が遠のいでいく中、あの景色が一番好きだと言ったマルコ先輩の顔が横切ったが、無理矢理追い払い私は深い眠りへと堕ちていったのだった。
いつまで経っても戻って来ない#name#が心配になり席を立った。
いつも以上に飲み過ぎた体は多少ふらつくが、それよりも彼女の事が気に掛かる。酔ってその辺で寝てはしないかと。
まず数ヵ所あるトイレ、洗面所、全て見て回ったが#name#の姿は見当たらず、外の空気でも吸いに行ったかとテラスに足を向けるがその姿を捉える事は出来なかった。
こんなに探しているのに見つからない彼女に少し不安が過ったが、部屋で寝ているのかもしれないと二階へと足を向ける。
酔いが加担してかなり大きな音を立て扉を開いた。
しかし部屋にも彼女の気配すら感じられず、勢いよく開けた扉の音が虚しく響くばかりだ。
パチリと電気を付けもう一度室内を見渡した。
ベッドの下、部屋の物陰、ましてはクロークまで見て回り、それでも居ない彼女に頭を抱える。
そうしてふと目に入ったあるべき場所に無いソレに一気に酔いが醒めた。
転がる様に皆の下へ行き怒鳴るように問い掛ける。
「#name#がいねぇ!誰か見た奴はいねぇかい!?」
「…あぁ?便所じゃねぇか?」
「いや…知らねぇなぁ」
「どっかで寝てるんだろ?」
次々と飛び交う言葉を聞きながら今日来ている頭数を数えた。不可解な眼差しを受けながらも目線を動かせば…全員居やがる。
と言う事は#name#は一人か。いったい何処へ?
「荷物もねぇんだ…」
「…まじかよ?」
「こんな夜更けに帰ったと?」
「ハハッ、無理だろ?ここから歩いて帰れる訳がねぇ」
いや。屋敷内に居らず荷物までないって事は、確実に家路に着くためにこの場所から離れたに違いない。
しかし…歩いて帰れる距離じゃない。この辺りはこの別荘一軒だけだ。
そんな闇の中に…
「探してくるよいっ」
「あっ、待てマルコ!」
制止の声も聞かず俺は外へと飛び出した。
幸いこの場所へは一本道しかない。少し急な坂道を走りながら何故何も言わず出ていったのかと疑問が生まれた。
特に変わった事はなかった筈だ。素行の悪い兄弟達からも目を離さず傍に置いていた。
女共に何か言われたか?
飛び出す程の何を?
ぐるぐると思考を巡らせながらも、かなりの距離を走った体が限界だと悲鳴を上げてくる。
息を切らしながら砂浜へと続く階段に腰を下ろし再び頭を抱える。
こんな場所連れてきたのが間違いだったか?
ただ単に、あの景色を見せてやりたかっただけだというのに。
俺の起こす彼女への行動はどうしてこうも上手くいかないのか…
空回りばかりする自分に嫌気がさしたその時、雲間から差し込む月明かりが人影を映し出した。
直ぐに彼女だと確信した俺は、浜辺に踞る様に座っている#name#に近付きゆっくりと隣に膝をつく。
「#name#……寝てるのかい?」
軽めに揺すった体はびくともせず一定の呼吸を繰り返している。
そんな彼女を起こさぬよう抱き抱え、うっすらと残る涙の跡にやはり何かあったのかと溜息を吐きながら、それでも最悪の事態は免れ見付ける事が出来て良かったと、俺は安堵しながら再び来た道を歩き出したのだった。