鬼畜な彼の愛し方
| ナノ
結論×心痛
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結局その日は、午前中全て保健室で過ごし、部活で忙しい中家まで送るとなかなか引かないエース先輩をなんとか説得し家路に着いた。
絶対連絡があるだろうと思っていたマルコ先輩からは、なんの連絡もなく…
校内で見掛けなかった所をみると、あのまま帰ってしまったのだろうと。
少し拍子抜けした気分になりながらも、頭の中は彼の事でいっぱいだ。
どうして何も連絡をしてこないのだろう?
保健室に送ってもらった後なら、いくらでも自由がきくと言うのに…
彼は欲よりも友情をとったのだろうか?それとも…友達であるエース先輩と関係があるだろう私と、どうこうなるのが面倒になったか…
それならばあの潔く背を向けて消えていった行動にも納得がいく。
そんな結論を出したにも関わらず、未だ頭の中を支配しているマルコ先輩を消し去る事など出来ずに…
気付けば無意識に、彼の名前の映るディスプレイを見つめ通話ボタンを押している自分がいた。
無機質な呼び出し音が鼓膜を捉えた瞬間、一気に冷静さを取り戻す。
話す話題など持ち合わせていない。
ただ、ただ今彼が何をしているのか。そんな素朴な疑問から駆り立てられたこの行動に、焦りと後悔に蝕まれる。
そう言えば、自分から彼に電話をするのは初めてだった。
いつも彼から連絡があるのを、びくびくしながら受け答えしている自分が思い出される。
そうして何度目かのコールで消えた呼び出し音と引き換えに、いつもより少し低めのマルコ先輩の声が耳に届いた瞬間、心臓がトクリと鳴った。
《…どうした?》
「あ、あの…」
《………》
「あのマル」
《マルコーだーれー?》
「っ!?」
《チッ…あー》
彼の背後から聞こえた甘ったるい女性の呼び掛けに、思わず電話を切ってしまった。
時刻は午後九時過ぎ。この時間に女性といるという事は…そういう事なのだろう。
なんだ。他に女がいたのか。それもそうだと、彼はモテる。なにも私だけ抱いていた訳ではなかったのだと。
そんな突き付けられた現実に納得しながらも、何故かドクドクと煩い心臓と共に、気付けば頬を涙が伝っていた。
「あ…れ?なんで私…泣いてるんだろ…」
1人呟きながら、この不確かな涙の訳を探った。
別に付き合っている訳ではない。好きだと言われた事もない。
彼が誰と居ようと何をしようと、私に咎める権利もなければ咎められる筋合いもないのだ。
私と彼の関係は…強制的な身体だけの関係、な筈だ。
それなのに…それなのにどうしてこんなに胸が苦しいのだろう?
マルコ先輩が今他の女性と一緒にいる。
そんな事を考えると…息が出来なくなるくらい胸が苦しくなった。
いつまで経っても治まらない涙と鼓動を隠す様にベットに潜り込み枕に顔を埋める。
嫉妬…なのだろう。この気持ちに言葉を付けるならそれだ。
こんな気持ち、気付きたくなかった。これじゃぁ彼の事を好きだと認めた様なものじゃないか。
苦しい。やはり想像はしていたと言え、こんなに辛い気持ちになるなんて予想外だ。
消し去りたい。マルコ先輩の顔も、声も、全て。
私の記憶から消えてなくなって欲しい。
そんな想いに押し潰されそうな私の耳に、僅かに聞こえる振動音。
虚ろな目で音の方へ視線を向ければ、チカチカと着信を知らせるランプが点滅していた。
ゆっくりと手を伸ばしディスプレイに映し出された名前を見る。
「マルコ…先輩…」
出ようか迷った。
突然通話を切ってしまったからだろうか?
正直今は彼の声など聞きたくはない。しかもまた女性の声がしたら…
そんな不安と気付いてしまった気持ちからなかなか通話ボタンを押せずにいると、プツリとランプが消え振動が止んだ。
静かになった携帯を眺めながらほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、すぐに二度目の着信が鳴る。
彼が続けて掛けてくるのは初めてだった。
これに出ないと怒らせてしまうかもしれないと、気持ちを押し込めボタンへ手を伸ばす。
「……はい」
《家の前にいるから…出て来いよい》
「…え?あの、なんで…」
《早く来い》
簡潔に用件だけ告げられた電話はプツリと切れ、未だ携帯を耳にあてたままの私は放心状態だ。
家の前にいる?
さっきの電話を切ってから30分も経っていない。
それに一緒に居た女性はどうしたのだろう?
次々と湧き出る疑問を並べながらも、羽織物を引っ掛け外へと急いだ。
風呂上がりな上に寝る体制万全だった私は、寝巻き姿のまま彼の元へ来てしまった事に後悔する。
急いでいたにしろ、あまり見せたくない格好だ。
そんな私を無表情で見据えながら、車の助手席に促す彼に素直に従った。
未だ心臓は飛び出るんじゃないかと思うくらい煩く鳴っている。
「あ、あの…どこに?」
「俺ん家」
「え、いや、でも私パジャマですし…」
「だから家に行くんだよい。それともパジャマで店でも入るかい?」
「ぅ…でも…」
「朝には帰すよい」
「っ…」
彼からの唐突なお泊まり発言に、嬉しい気持ちと、それを余裕で上回る不安と心痛を抱きながら、前を見据える彼の横顔を涙の残る目で見つめていたのだった。