君の光と僕の影 | ナノ

#07 期影



普通に考えれば恋人の弟に犯された翌日にのこのこと現れるバカはいない。

困惑し、憎しみを露に狼狽するか、自分の身の上に起こった不祥事をひたすら隠そうと身を退くのが普通だろう。

しかしこの女は違った。
まぁ怒りは向けられたが、まるでなかった事にするように、その後は俺との蟠りをなくそうとじわじわと歩み寄ってきた。

正直驚いた。
それほどマルコの事を想っているのか、それともネジの歪んだ頭の持ち主なのか。

どっちにしろ素直に受け入れる訳にはいかなかった。俺たちの素性を知れば掌を返したように離れていくはずだ。
結果が明らかな以上馴れ合うだけ無駄な行為だとわかっている。

今までさんざん見せ付けられてきた世間の非常な仕打ちを自ら味わう様な真似はしたくねぇ。それには心を閉ざし壁を作るのが一番効果的だと経験済みだ。

それでも献身的に俺等の世話をやく女に、いつの間にか当たり前が染み付いてきた。

居るのが当たり前。そんな気持ちに気付いた途端、背筋がゾッとした。
俺でさえこんな感情が湧き出るくらいだ。マルコはもう手遅れなくらいどっぷりとあの女に浸かっているだろう。

そんなやるせない気持ちを抱えていた中、苛つきをぶつける様に女が差し出した弁当箱を力任せに払い除けた。

いい加減にしてくれ。心底そう思った。
そしてその日を境に、女の態度が急によそよそしくなった事に気付く。

やっと心が折れてくれたのか、それともマルコが秘密を打ち明けたのか――

「今日はあの女来ねぇのかい?」

「あぁ…仕事が立て込んでるらしいよい」

「…、あの事は…伝えたのかい?」

「……いや」

「っ、さっさと言えよい。まさかあの女は受け入れてくれるとでも思ってんじゃねぇだろうな?」

「…、だったらいいねい」

「アホ抜かせよい、今までそんな奴が一人でもいたかい?同じ境遇でもねぇ限りんな奴いねぇよい」

「…そう…だねぃ」

「…、さっさと言っちまえよい」

「あぁ…」

煮え切らない顔で目を伏せたマルコに心底バカだと思った。

なぜマルコはこうもお人好し過ぎる?辛い目に合うのは自分なんだぞ、なのになぜ同じ過ちを繰り返すのか、俺には全く理解出来なかった。


俺達には消し去りたい秘密がある。
秘密と言ってもかなりの人間に知られているし、調べれば直ぐに分かるものだ。

中学に上がったばかりの頃、元からろくでもなかった親父が人を殺しやがった。
そう、いわゆる殺人犯の息子だ。

その後直ぐに頭がおかしくなった母親も他界した。それからは絵に描いたように茨の道を歩むことになる。

今まで当たり前のように回りにいた奴等が、まるで俺達が殺人でも犯したような目付きで蔑み、軽蔑し、そして離れていった。

親戚も厄介事は御免だと背を向け住む場所もなく施設に入れられ、身寄りもなく殺人犯の家族だとレッテルを貼られた俺達はまともな職にも就けずただただ身を潜めて生きるしかなかった。

まだガキだった頃の俺は、そんな差別を相手の未熟さ故だとあからさまに牙を向いた。俺達は関係ねぇ、俺達を蔑むのはお門違いだと。

しかしマルコは違った。事実を受け止め正々堂々と立ち向かっていた。
事実を打ち明ける度に邪険に扱われ距離を置かれ、本気で惚れてた女にも白い目で見られ離れていく。

それでもマルコはその姿勢を崩さなかった。いつか全てを受け入れてくれるやつに出逢える。
そんな呑気な考えのマルコに俺はつくづく頭を抱えていた。

そんな奴はいねぇんだい。今でもその気持ちは変わってねぇ。どの世界に厄介事に自ら首を突っ込むバカがいる。

俺達と深く関われば関わる程、そいつもレッテルを貼られるんだ。それが女なら尚更。将来殺人犯の家族になりたいやつなんている訳がない。

あの女に早く言っちまえばいいんだい。失うと分かっていながら何故更に絆を深める?

俺達は一人じゃねぇんだ。この時ばかりは双子で良かったと心底思った。
世間に爪弾きにされよが、回りに誰も居なかろうが、同じ傷を背負うもの同士やっていけばいいじゃねぇか。

なのにマルコは俺以外に心の拠り所を見付けようとする。
何度言っても聞かないマルコに、俺はいつからか先手を打つようにした。
それでここ数年は穏やかに暮らせていたのに、だ。

あの女はどうすればマルコが絶望を味わう前に身を退いてくれるのか。

そんな事を考えながら少しだけ期待が頭を過った。
俺の予想を越える行動をした女に、ほんの僅かだがもしかしてなんて甘い考えが浮かび上がる。
そんな思考に自嘲的な笑いがでながらも、俺の足はあの女の元へ向かっていた。

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