君の光と僕の影 | ナノ
#05 進光
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何が起こったのか訳がわからず、僅に震える身体を抱き締めながら暫くの間魂が抜けた様に一点を見つめていた。
クロが出て行く姿を目で追いながらやっと絞り出せた罵声。
しかしそれも鼻で嘲笑うようにあしらわれ、虚しさだけが広がった。
クロに犯された。
ギチリと痛む下腹部がその事実を徐々に明白にしていく。
ハッと我に返るように立ち上がり、破けたシャツ、そして今日身に付けていた衣類全てをゴミ箱に投げ捨て風呂場に向かう。
クロの匂いを消すようにシャワーを頭から浴びながら目を閉じ考えた。何故クロはこんなことをしたのか。
マルコと別れろ。確かにクロはそう言っていた。
何故?私とマルコが恋人関係にあると彼にどんなリスクがあるというのだろうか。
クロに好かれていない事は従順承知している。
しかし嫌われる筋合いも覚えもない。
マルコの恋人というだけで彼からしたら気に食わない、今はそれしか考えられなかった。
熱い湯を浴びながらまさかあんなドラマのような悲劇が身の上に起こるなんてと、片足を幻想に突っ込んだまま未だ認められずにいた。
それでもやはり、掴まれていた手首に残る痕が事実だと証拠付け、深い溜息が漏れる。
しかし、殴り飛ばしたい程の怒りはあったが、不思議と嫌悪感は感じられなかった。
愛する恋人と同じ顔、同じ体つき、そして匂い。
別人だとはわかっているが、やはり赤の他人とは訳が違った。
身体を洗い流していく内に自然と心が前向きになっていく。
過ぎた事は仕方がない。そう言い聞かせ風呂場を後にすれば疲れた身体は吸い込まれる様にベットに沈んだ。
翌日仕事を終えた私は何事もなかったかの様にマルコの家に赴いた。
間違いなくマルコはこの事は知らないだろう。私から言うつもりもない。
マルコだって恋人が自分の弟に犯されたなんて知りたくもない筈だ。
「クロは今日遅いの?」
「ん?あぁ…もうすぐ帰ってくんじゃねぇかい?」
「そう…」
クロに何か用かと聞くマルコを自然と流しいつも通りを装った。
そこでふと昨夜の事がフラッシュバックする。
マルコと別れろ。その言葉の意図をもう一度考えた。
あれは決して欲を吐き出す為だけの行為ではない。そしてクロがボソリと呟いた言葉を思い出す。
どうせお前も――
確かにそう言った筈だ。どうせ?過去になにかあったのだろうか?
結果は同じだと、何かを決め付けているのは――なんとなくわかる。
しかしその結果が問題だ。
そんな事を考えていると玄関の戸がガチャリと開く音が耳を掠める。クロが帰ってきたと分かると、私は二人きりで話せるよう時を見計らいマルコを風呂に促した。
怪しむことなく風呂場に向かうマルコを笑顔で送り出しながら、湯船に浸かる事が好きな彼は少なくとも二十分は上がってこないだろうと予想する。
そうして自室に居るであろうクロの元に足を向けた。取り敢えず、一発殴っておこう。
「ちょっと!昨日はなんなわけ!?」
「……」
「何か事情があるみたいだけど、取り敢えず謝って殴らせて」
「……」
「ほら、あやまんなさいよ、謝ってもうしませんって言うなら犬に噛まれたと思って忘れてあげる」
「……」
無言のまま私を睨み付けるクロを前に、一気に喉がカラカラに干からびた。
動揺を悟られぬよう無駄に口を開き誤魔化せば、顔色一つ変えない彼に今度は目眩さえ覚える。
マルコとは別れる気はない。ならばクロと和解する事が一番の打開策だ。
そんな十歩も百歩も譲って向き合おうとしている私を、クロは冷静に、まるで道端の石ころでも見るような冷たい無関心な色を放ちこちらを伺っていた。
「何で無言なのよ…、言っておくけどマルコとは別れないからね」
「……」
「っ、ねぇ、何であんな事したの?訳があるなら言ってよ」
「…、それよりあんた、マルコ風呂上がったよい」
「え?っもう!兎に角私は別れないからね!」
「……」
限られた時間は思いの外あっという間に過ぎてしまい、クロの動機を聞けぬまま部屋を出ていく羽目になった。
何も言わなかったクロにかなりの不安が頭を過ったが、理由もなしに、ましては間接的に別れを要求されても頷ける訳がない。
マルコの意思に関わらず起こした今回の行動。この事はこれからじわじわと追い詰めて行こう。
これでクロがおとなしく退くとは思えなかったが、別れないという意思は伝えられたと、少しだけ満足した私は心の中の僅な蟠りが消えていくのを感じていた。
「あ、殴るの忘れてた」
「は?何がだい?」
「え?あ―空耳?」
「……?」