君の光と僕の影 | ナノ

#11 理光



クロの変化に顔が綻びながらも、急に忙しくなった仕事に追われマルコにさえろくに会えない日々が続いていた。

「#name#君、よかったらご飯でもいかないかな?」

「あ、すみません。今日中に仕上げないといけない書類があるので」

「そんなの誰かに…あぁ、君!#name#君の代わりに」

「部長!私の仕事です」

「っ、そ、そうか。では明日は」

「明日もちょっと、すみません」

あからさまに断り続けているにも関わらず、少しも空気を読み取らず執拗に誘ってくる上司に頭を抱えていた。

確かマルコより二つか三つ上だっただろうか、独身で彼女さえいないのが大いに納得出来る人物だ。

定時を二時間程過ぎた頃、今日も遅くなるので会えないとマルコにメールを打った。

本当は毎日でも出向いてクロも含め食卓を囲みたい。そう思っていた矢先の忙しさに加えあの上司だ。
ストレスがじわじわと溜まってくる。

そうして何とか終電に間に合う時間に仕事を終え、急いで会社を出た途端目の前に停まっていた車から人影が此方に歩み寄ってきた。

「お疲れさま、自宅まで送るよ」

「え…いえ、結構です」

「遠慮はいらないよ、夜も遅いし、ね?」

「大丈夫です、すみません急ぐので、っ、」

「そう言わずに、何かあったら大変でしょう」

「ちょ、離してくださ」

「#name#」

意図的に待ち伏せしていたのだろう、あのいけすかない部長が目に入るなりどっと疲れがのし掛かった。

送るとしつこく言い寄り、最終的には腕まで掴まれいよいよ堪忍袋の緒が切れ掛けようとした瞬間、聞き覚えのある声が鼓膜に響き咄嗟に振り返る。

「ク、クロ!?」

「俺の女になんか用か?」

「え、いや、#name#君の彼氏?」

「ぇ、あ」

「そうだよい、で?何か用かって聞いてんだろい?」

「っ、いや、あ、じゃぁ気を付けて…帰りなさい、お疲れ様」

「ぁっと…お疲れ様です」

「フン、糞がっ痛ぇ!」

物言いたげな顔で渋々引き上げる上司に向かって悪態を吐いたクロをパシリと叩き、エンジン音が遠ざかるのを見送り改めて向き合った。

「で?何してんのこんな所で?」

「…たまたま、通りかかったんだよい」

「ふーん。俺の女、ねぇ」

「…チッ、帰るぞい」

「え?フフ、うん」

偶然を装うクロが無性に可愛くなった。まるで野良猫が懐いた様なくすぐったさを感じてしまう。

そうして遅くなる時は連絡しろと少し強引に言い捨て帰っていく後ろ姿に胸が綻んだのも束の間、数日後、眉間に皺が寄る出来事が私を襲った。

「え?今何て?」

「だからね、部長が嗅ぎ回ってるみたいよ、#name#がガラの悪い男と付き合ってるって」

「ガラの…それって何か問題あるのかな?」

「んー、近辺調査にしては厭らしいわよね」

「っ、うん…」

僅かに嫌な予感が頭を過る。しかしそれよりも、明らかに私情を挟んだ部長の行動に腹が立った。

確かにクロはガラが悪い。おまけに目付きも態度も悪いが、それをあの部長に言われしかも社内に広められる道理はない筈だ。

そんな神経を逆なでされる日々を過ごして数日後、意味ありげに呼ばれた会議室で私はついに爆発した。

「プライバシーの侵害です」

「いや、しかし#name#君、これ見たかね?君が付き合ってる男は犯罪者の息子だぞ?」

「知ってます、部長には関係ないことです」

「か、関係ないことはないだろ、社内に犯罪者と少しでも関りのある人間がいては」

「彼が犯罪を犯した訳ではありません」

「っ、いやでも…、悪い事は言わない、別れた方が君の為だよ」

目の前で御託を並べる部長に沸々と怒りが込み上げた。勝手にマルコやクロ達の事を調べていたのも腹ただしいが、それ以前に彼等を差別するような物言いが酷く癇に障った。

マルコやクロだってこの事で多大な思いをしてきたのだ。いわば被害者ではないのか。各々で思う分には仕方がない。しかし第三者に、しかもこんないけすかない部長に言われる筋合いはないと、私は声が尖るのを抑えられなかった。

「どうしても別れない気かい?まさか…結婚なんて考えては、」

「ゆくゆくはそう考えてます」

「っ!?そ、そんなとんでもないよ、君まで犯罪者の家族になる気かい?」

「部長には関係ありません」

「っ、これは問題になるよ、身内にそういう人間がいるとなると…」

「首ですか」

「わ、別れればいい事じゃないか、ね、悪い事は言わないからーー」

それから淡々と話は続いた。前科のある人間が身内にいると警官にはなれないだとか、多大な借金がある経歴の人間も金融機関では働けないとか、そんな世間の常識をつらつらと並べていく声をぼんやりと聞きながら私はマルコとクロの事を考えていた。

あぁ、彼等はこういう思いを今までしてきたのかと。これは確かにやるせないな、と。
そしてマルコ達の言っていた意味も、少しだけ分かった気がした。これが彼等と共に居るという意味なのか。

「あーもうわかりましたよ、私会社辞めます」

「え、いや、そんなつもりは」

「ご心配して下さってありがとうございます、失礼しました」

「え、あの、#name#君」

部屋を出ると気持ちが驚くほどすっきりしていた。
勢いで言ってしまったが後悔はしていない。仕事に追われマルコ達と過ごせる時間もない職場にあの上司だ。そして今回の騒動。いい頃合いだと思った。

不謹慎かもしれないが、彼等と同じ側に立てた事に優越感なるものも感じていた。そうして今回の事で身をもってマルコ達の気持ちを理解する事ができたと、あのいけすかない上司に少しだけ、感謝の気持ちが生まれたのだ。

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