君の光と僕の影 | ナノ
#10 嬉光
まだ夜が明けたばかりの静けさが染み渡る室内に、こんこんとまな板の音を響かせながら昨夜の事を振り返った。
クロの言った通り、私は楽観視しすぎているのかもしれない。
あれ程マルコが顔を歪ませ、クロに至っては手段を選ばぬほど私を遠ざけようとした。
やはり思ってる以上に過酷な試練が待ち受けているのだろう。
正直いまいちピンとこないのは仕方がない事で、それでも、この先マルコ達と居る事でどんな白い目を向けられようと、私は立ち向かう決意だけはしっかりと持ち合わせていた。
「あ、おはよ。早いね、ってクロ昨日は酷い!」
「ふぁぁ、あ?うるせぇよい」
「うるさいじゃない!あの後大変だったんだかわっ!」
「言えば良かったじゃねぇかい、俺に突っ込まれて気持ち良かったってよい」
「言い方が下品!それから全然気持ちよくなんか、ちょ、近い」
「ふん、ならよい…次は」
「何してんだよい」
「っ!?マ、マルコー」
普段より断然早くリビングに現れたクロに直ぐ様昨夜の裏切りを咎めれば、極上に悪い顔付きで失言を吐きながらじわじわと距離を縮め腰を引き寄せられた。
じたばたと抵抗する私を鼻で笑い更に顔を近づけてくるクロに固く目を瞑った瞬間、まるで見計らったように現れたマルコに若干焦りつつも、態とらしく助けを乞うように飛び付いた。
「マルコ、クロが意地悪するの」
「ん?クロ、#name#を苛めちゃダメだよい」
「クククッ」
てっきりクロをピシャリと叱ってくれると思っていた私は、その悪戯な笑いを含んだ声色に拍子抜けし咄嗟にマルコを見上げた。
見つめ返される瞳はやはり穏やかで、恋人が危うく唇を奪われそうになっていたというのにその表情は少し嬉しそうにも見える。
そんなマルコを咎める言葉を寸での所で飲み込んだ。何故なら背後でクスクスと喉を鳴らし笑うクロを、マルコは幸せそうに目を細め見つめていたから。
まだ威張れる程長い付き合いではないが、クロの笑顔が貴重な事は私でもわかる。クロが心を開き出している。その事実に胸がほこりと温まるのを感じていた。
「おい、飯早く作れよい」
「は?クロ食べるの?」
「あ?」
「あ?じゃなくて…ふふ、はいはい」
感傷に浸る中耳に飛び込んできた言葉に思わず疑問を投げ掛けてしまう。
嬉しい事には違いなかったが、クロの豹変には正直驚いた。私の作った物など一度だって口にしたことなどなかったと言うのに。
それも含めてやはり嬉しいさが込み上げる。
私の選んだ道は決して間違っていないのだと、そう思わずにはいられない程この二人の中で過ごし笑い合える事がかけがえのない物になっていくような予感がしていた。
「はい、お待たせ」
「お、#name#ありがとよい。いただきます」
「ん?クロどうしたの?」
「俺は…目玉焼きが嫌いなんだよい」
「え?そうなの?」
「クロ、食えねぇこたぁないだろい、我が儘言うない」
「嫌だねい。おい、作り直せ」
「クロ!いい加減にしねぇと怒るよい」
「もーわかったわかった。作り直すから、ね?」
「チッ、さっさと作れよいアホ女」
「クロ!!」
「……」
まだ問題は山積みだが、これからゆっくり、そうゆっくりクロとの溝は埋めていこうと決意した始まりの朝だった。