青い三角定義 X



船から飛び降りて、町へと続く一本道を進む。
やや走ったところで、マルコはふと足を止めた。

自分は、#name#の何を知っているだろう。

家も、仕事も、趣味も。
彼女のことは何一つ知らない自分に今更呆れた。
知っているのは、名前と、自分を好いてくれていたことだけだ。

「は…情けねぇったらないねい」

額に手を当てて、さすがに途方にくれる。
まだ昼下がりで明るいとはいえ、なまえのあの態度だ、表に出ている確率は低い。
そこまで広い町ではないが、決して狭くもない。一般人の家に片っ端からあがりこんで探すわけにもいかない。

「自業自得、かねい」

マルコは溜息をつくが、ここで、じゃあしょうがない、と諦められるくらいなら、初めから走ってきたりはしない。
どうしたものかと考えて、マルコはふと、最初になまえと初めて出会った坂道を思い出した。
そこしか#name#との接点が思い浮かばなかったマルコは、祈るような気持ちで足を向けたのだった。

「確か、あの角を曲がるんだったかねい」

記憶を頼りに町並みを進むマルコ。
その石畳の先に見慣れた人影を目に留めると、静かに足を止めた。

「…エースかい」
「よぉマルコ、散歩かい?」

口調は軽いが、壁に寄りかかり、手をポケット突っ込んだまま視線を落としている。
その表情はテンガロンハットの影に隠れており、マルコの位置からはうかがい知れない。

「…その先に、#name#がいるんだな」
「なぁマルコ、きれいに終わらせたいだけならもう放っておいてやれよ。これ以上泣かしてやらないでくれ」

マルコの問いには答えず、エースは微動だにせずそう呟いた。

「…無様でも、終わらせたくねぇから来たんだよい」
「通さない、と言ったら?」

ちらり、とエースがマルコの目を見た。
マルコも真正面からその視線を返す。

「力尽くだよい」

即座に返されたその答えに、エースは呆れたように肩をすくめる。
マルコのほうへ歩き出すと、肩をぽんと叩いてそのまま笑いながら去っていった。

「振られたら、胸くらい貸してやるよ」
「…そんな汗臭ェ胸いらねぇよい」






「#name#!」
「!!」

木の下にたたずんでいた#name#は、マルコの声に体を一瞬こわばらせ、全速力で駆け出した。

「ちょ…待てよい!」

その反応の早さにマルコは一瞬驚くが、すぐに#name#の後を追う。

「#name#!話聞けよい!」

もちろん普通の女の足に遅れなどとることなく、マルコはすぐさま#name#に追いつき、その手首をつかんで引き止めた。

「…呆れたかよい」

#name#の返事はない。
掴んだ腕に続く肩は大きく上下しており、そこまで全力で逃げ出されたのかと思うと、マルコは胸がつきりと痛んだ。

「なにも言わずに逃げ出そうとしちまうような卑怯な男だ、それもしょうがねぇ」

今ならこいつの気持ちが少しわかる。
もう会えなくなるその前に、この気持ちをひと欠片でも多く伝えたい。
どう思われても構わない、ただ後悔だけはしないように。

思えばいつだってそんな風に生きてきたというのに、いつから恋愛だけはこんなに臆病になったのか。

「#name#、お前ェは俺に、大事なことを思い出させてくれたんだよい」
「…私、が?」
「あぁ」

やっと少し顔をあげた#name#を覗き込んで、マルコは穏やかに笑った。

「自分に嘘を吐かねぇで、ただ真っ直ぐに進む気持ちってやつを、だよい」

#name#はきょとんとした顔をすると、少しだけ涙のにじんだ目でマルコを見上げる。

「どうも傍で#name#が騒がしく笑ってないと、駄目になっちまったみたいだよい」
「マルコ、さん…」
「#name#、今更だと思うかも知れねぇが、俺はやっと自分の気持ちに…」
「マルコさんっ!」
「お、おぅ?」

シリアスな雰囲気を遮られて、マルコが少し間の抜けた声をあげる。

「私、図々しいですよ」
「…知ってるよい」
「異常なまでに前向きですし」
「知ってるよい」
「思い込み、激しいですし」
「それも知ってるよい」

そこまで一気に言って、#name#は少しだけ視線を落とす。

「実は結構、めんどくさい女ですし…」
「めんどくさかったら、追い掛けてなんかこねぇよい」

はぁ、とため息をついて、マルコが苦笑する。

「他には?」

そんなマルコを見る#name#の目には新しい涙が滲み、頬が真っ赤になっていく。

「マルコさんが、大好きでずっ!」
「…よぉぉく知ってるよい」

よしよし、と#name#の頭を撫でてやれば、溢れだす満面の笑みと、涙と、鼻水。

「マ…マルゴざぁあん!」
「だーっ!鼻拭けよい!」

タオルでごしごしと顔を乱暴に拭かれながら、#name#はマルコを見上げる。

「マルコさんと同じ部屋がいいれす」
「…それは却下だよい」

くくっと笑うと、なんでですか!と声を荒げる#name#の唇を優しくキスで塞いだ。

「マ、マルコさん…」
「#name#には少し、毎日押し掛けられる大変さを味わってもらおうと思ってねい…」

甘い空気に似合わない、悪い笑みを浮かべるマルコに、赤く染まっていた#name#の頬が引き攣る。

「…え?」

「言っておくが俺は早起きだよい」

にやりと口を歪めて、マルコは#name#の手を取る。

「わ、私…低血圧でして…」
「毎朝愛情表現しにいってやるから、覚悟しておけよい」
「ぴー!」

想い通じて嬉しい反面、明日からのマルコの攻撃に身を震わせる#name#だった。


「そうそう、#name#」
「うぅ…ぐす。はい…」
「…今更だけどな。好きだよい」

どこかすっきりとした顔で楽しそうに笑うマルコに、#name#もいつも通りの満面の笑みを返して抱きついた。

「嬉しいです!!とても!!」
「わかったから…俺たちの船に、帰るよい」
「!!はい!」

そして二人はゆっくりと、モビーディックへ向かって歩き出す。
家族の暮らす、その船へ。





END

サティコ様本当にありがとうデス






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