青い三角定義 W
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#name#がマルコの部屋に押しかけるのは、大抵午後だ。
マルコが昼食を摂って戻ってくると、おかえりなさいと言って出迎えてくれるのがパターンだった。
「マルコさん、おっはよーございます!」
しかし、本日はどうやら朝からのお勤めらしい。
朝食を食べて自室に戻ってきたマルコが、予想外の来訪に目をぱちくりさせた。
「あー…おはようさん、よい」
「眠そうですね!肩でももみましょうか?」
にっこりと笑う#name#に、マルコは呆れたように溜息をついて椅子に座る。
「いや、間に合ってるよい。それにしても朝からとは、珍しいねい」
「一秒でもマルコさんのお隣にいたくって…」
「わーったわーった」
しっしっ、と追い払うように振った手を、#name#ががっしりと掴む。
「マルコさんっ!!」
「うおっ!なんだよい急に!」
ぐっ、と顔を近づけると、#name#はそんな色気のないマルコに不満げに眉根を寄せた。
「いつになったらわかってくれるんですか?私はこんなにマルコさんを愛しているのに…」
「一目惚れに付き合う気はねぇと言ったろうがよい」
「ゆっくり時間をかけようが、一瞬だろうが、本物の愛に変わりはないです」
いつになく真剣な#name#に、マルコは思わず言葉に詰まる。
「教えてくださいマルコさん!私の何がいけないんですか!?胸がちょっと足りないとこですか!」
「いやいやいや、そんなこと言ってねぇだろい!」
「何か言ってもらわないと納得できません!」
もう何が何でも聞き出してやると言わんばかりの#name#の気迫に、マルコは額に手をやって溜息を吐く。
「わかった、じゃあ明日、教えてやるよい」
「…本当ですか?」
「ああ」
マルコがそう言うと、#name#はやっと身を引いた。
「ただ、いい答えが返ってくると思うんじゃねぇよい」
「今じゃ駄目なんですか?」
「…駄目だ。明日だ」
「わかりました」
#name#は大きく息を吸って、吐く。
そして、またいつもどおりにこっとマルコに笑いかける。
「じゃ、今日はちょっと午後から用事があるので、また明日の午後、来ますね!」
「…わかったよい」
「ではマルコさん、また明日!」
「あぁ、また明日な」
大きく手を振る#name#に、マルコも小さく手を振る。
#name#はくるりと振り返って、ドアまで歩き、
ぴたりと、その前に立ち止まった。
「違いますよね」
凛と、しかしどこか悲しげに響く#name#の声。
「…あ?」
その言葉の意図が掴めないとでもいうように、マルコは眉根を寄せる。
そして、小さく息を呑む。
「明日、ないんですよね」
振り向いた#name#の目から零れる、大粒の涙。
いつもの朗らかな笑顔ではなく、無理矢理笑おうと歪む顔。
ゆらゆらと揺れる両目の潤みに、言葉を失ったマルコが映りこんでいた。
「…ログ、貯まったんですよね。明日のお昼前には、出航しちゃうんですよね」
言葉に詰まるマルコの姿が、その問いかけを肯定していた。
『どうも島の住人の言っていた日数が間違っていたらしいな』
親父はそう言った。
準備のために今日一日、そして明日の午前中には島を出る、と。
マルコは少なからず動揺した。
親父の言葉を聞いた時に、真っ先に浮かんだのが#name#の顔だったことに。
だが、結局くる別れが、たかが数日縮まっただけのこと。
きつい言葉で突き放すくらいなら、このまま消えたほうがいいのかもしれない。
#name#には黙っておこう。
それが、マルコの結論だった。
「#name#、なんでそれを」
「いっそ」
マルコの言葉を遮って、#name#は大きく息を吸う。
「…いっそ、嫌いだと言ってほしかった、なんて、言いません」
言われたら、やっぱりキツイですから、と笑って、#name#はゆっくりマルコに近づく。
「これが、マルコさんの答えなんですね」
「#name#、俺は…」
椅子に座ったまま何も言えないマルコに覆いかぶさるようにして、#name#は唇に小さく口付ける。
「…さようなら、マルコさん」
怒りも、悲しみもない、ただ優しい声だった。
マルコは動けなかった。
#name#が静かに踵を返し、ドアを閉めて去っていく姿を、ただ見ていることしかできなかった。
さようなら、と返してやれればよかったのかもしれない。しかし、頭も心も体も、止まったままだった。
「俺が教えた」
#name#が出て行ったばかりのドアをゆっくりと開けたのは、エース。
エースもまた、怒るでも悲しむでもなく、ただ切なそうな顔をしていた。
「マルコ、お前は#name#に教えないつもりだったんだろ?…だから、俺が教えた」
「エー…ス」
「何も答えが出ないままいなくなるのが、#name#にとって一番辛いと思ったからな」
泣かしてほしくはなかったが、それもしょうがねぇ。そう言って、エースはゆっくり扉を閉めた。
駆け出すような、少し忙しない足音が、おそらく#name#を追いかけたのだろうとマルコに思わせた。
「俺の、答えなわけじゃ、ねぇよい」
崩れ落ちるように、マルコは椅子に沈み込む。
「答えを出すことから、逃げただけだよい…」
頬に零れた#name#の涙が、ひやりと冷たかった。
「よぅ、元気ねぇなマルコ」
うだっていた体に鞭を入れて、マルコは昼食を摂りに食堂へ来ていた。
何も考えたくないし動きたくないが、仮にも出航の準備の真っ最中だ。一番隊隊長が引きこもっているわけにはいかない。
「…別に、いつもどおりだよい。飯くれい」
「ほらよ」
荒っぽく出されたトレーを前に、マルコは知らず溜息をひとつ吐くと、スプーンを手に取った。
「さっきエースが血相変えて駆けていったぜ」
サッチのその言葉に、マルコの手が止まる。
「そうかい」
「その前に#name#ちゃんが泣きながら走っていったっけな」
「…そうかい」
責めるでもなく問い詰めるでもなく、サッチは洗っていた皿から視線を上げる。
「#name#ちゃんは自分を信じてる。だから、自分が一瞬で落ちた恋を疑わなかった」
止まったままのスプーンに映る自分の顔は、なんとも言えず情けなく見えた。
「あの子は賢い子だよ、マルコ。お前はどうだ?」
「俺ァ…」
嘘でも嫌いだと言うのが、#name#のためだったのかもしれない。
しかし、どうしてもその嘘がつけなかった。
それが全ての答えなのに。
「そうさ、そういうことだよい」
「そういうことだろ」
このまま自室に帰っても、毎日煩わしいほどに押しかけていた#name#はもういない。
何を与えなくても降り注いでいた、あの笑顔はもうない。
ガタン、と盛大に立ち上がると、マルコは勢いよく開けた扉から走り出していた。
「なにこれ青春映画?」
やれやれ、と笑いながら、サッチはまた皿を洗い始めた。
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