マルコ社会人編 | ナノ

#48 彼の優しさ



「心配過ぎておかしくなりそうだい」

「フフ、大袈裟ですよ」

「いや、本気だよい」

「大丈夫ですよ、お仕事頑張ってくださいね」

「くっ、お、おぅ」

どうしても抜けられない会議に出掛ける為、今日から一泊二日で家を空けなければならないマルコさんを何とか宥め、送り出した。

予定日は一週間後だが、お腹の中でゴロゴロと元気に動く我が子に早く出てきたいのかと何気に感じる。

そうして特に予定もないけれど、好きな物を好きなだけ買えと渡されたカードとお金を持って街に出掛けた。

もう買い揃える必要はない程備えはあったが、ベビー服や雑貨などを見るのは楽しくて仕方がない。こんな小さな服を着るのかとまだ見ぬ我が子に頬が緩む。

そうしてやはりというか、ついつい買ってしまったベビー服。
どんな物を着せようが、赤ん坊にはわかる筈もないのに完全なる親のエゴに思わず苦笑いが漏れた。

店を出てよたよたと歩きながら、この体で予定もなくふらつくのも良くないかと考えタクシーを拾おうとした矢先、もう神様の悪戯としか思えない遭遇に定めのようなものを感じてしまう。

「ロー…」

「#name#…一人か?」

「うん、」

「―、今から…少しいいか?」

「うん」

お互い少しぎこちない会話を交わし、まだ決着のついていない問題に終止符を打つ為に歩き出した。

二、三歩進んだ所で急に足を止めたローは、私の荷物を取り上げ片手を差し伸べる。

「ほら、転ぶと危ねぇだろ」

「っ、」

そんな彼の優しさに目頭が熱くなった。

いつだってそうだった。私の我が儘を何だかんだと訊いてくれ文句一つ言わずにずっと傍に居てくれた。

そんな彼を突け放す訳でもなく都合のいいように扱って、今回こんな形で傷付けたにも関わらず優しく差し伸べられた手から伝わる温もりに堪らず涙が溢れだす。

「はぁ…なに泣いてるんだ」

「―、ごめ」

「そんなんじゃ店には入れねぇな…俺んち行くか?」

「―、うん」

そこが一番相応しいとも考えた。お店なんかじゃ人目も気になるだろう。

部屋に着き出されたカップを啜りながら落ち着きを取り戻した私に、すぐ横に腰掛けていたローが見計らったように口を開く。

「もう産まれるんじゃないのか?」

「うん、」

「そうか…、俺は――」

それから苦し気に吐き出されていく胸の内を訊きながら再び涙が込み上げる。

それでも私にはどうする事もできず、ひたすら涙と共に謝罪の言葉を口にした。

「仕方ねぇよな、#name#の心が手に入らねぇんじゃ」

「ロー…ごめんね」

「謝んな、俺は怒っても恨んでもねぇ」

「っ、ロー」

「…いい男見付けたな、」

「……うん」

「幸せにしてもらえ」

「っ、うん」

祝福とも言えるその言葉に例えようがない想いが溢れだす。
ありがとう。
そんなありきたりな言葉じゃ全ては伝えきれないが、言わずにはいられなかった。

「いくか。ほら、立てるか?」

「うん、よいっし、っ!」

「あ?どうした?」

「ぁ…ロー」

「あ?……おま」

「ぅっ、痛っ…」

「落ち着け、大丈夫だ」

「っ、ロー…」


やっと和解できた安心感からか、ローの手を掴もうとした瞬間、暖かい感触が下半身に広がりそれと同時に襲う鈍い痛み。

落ち着かせようと言葉を投げ掛けるローの声を僅かに捉えながら、動転していく思考の中でその日私は破水した。

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