マルコ社会人編 | ナノ
#47 信じる心
「順調ですね、元気な男の子だ」
「はい、ありがとうございました」
「あ、これどうぞ。よく撮れてますね」
「―、ありがとうございます」
「次回は――」
出産間近の検診日、順調だと言われた事に安堵しながら毎度渡されるエコー写真に目を向けた。
3D仕様のそれは、胎児が立体的に写し出されとてもリアルに再現されている。
その写真に思わず目を凝らす。
この写真から、何か父親の面影がわからないかと――
しかし今回も見事に期待は裏切られ、前回同様、全くと言っていい程なにも得るものはなかった。
溜息混じりに待合室に戻ると、私に気付いたマルコさんがにこやかに出迎える。
その笑顔に微笑み返し、写真を鞄に仕舞った。
毎回渡されるこの写真、実はマルコさんには一度も見せた事がない。
きっと見せれば喜んでくれるに違いないが、私同様、写真を食い入るように眺めるマルコさんを――見る勇気がない。
「どうだった?異常はなかったかい?」
「はい、順調だそうです」
「そりゃよかったよい」
「もういつ産まれても問題は無いそうですよ」
「ほんとかい?そりゃ楽しみだよい」
「―、ですね」
楽しみだと頬を緩ます彼に少し間を置き相槌を打った。
楽しみ。楽しみ以上にやはり不安だ。
どんなに追い払っても追い掛けてくるこの不安は、もうどうしようもないと半ば諦めの感情を宿しだしていた。
そうして今日はこのまま帰宅するという彼と共に、軽く食事を取り家路に着く。
それにしても、何故彼はこんな頻繁に会社を抜けれるのだろうか?
以前彼の下に付いていた時には考えられない行動だ。
「仕事大丈夫ですか?こんな毎日――」
「あ?大丈夫だい、エースに任せてるからねい」
「エースに?」
「あぁー言ってなかったかい?今エースを秘書に付けてんだい」
「あ…、ごめんなさい」
その返答に思わず謝罪の言葉が飛び出した。無責任に投げ出した過去の記憶が甦り体が一回り縮こまる。
そんな私に困った様に笑みを浮かべた彼は、頭を優しく撫でながら気にするなと言うように触れるだけの口付けを落としてくれた。
この大人で余裕な対応にいつも胸が締め付けられる。もっと我が儘や欲を見せてくれればと。彼に何もしてあげられず無力さばかり感じる私は本当に彼に相応しいのか、愛しさの中に潜む劣等感に溜息がでた。
そうして何かと傍にいる時間を作ってくれる彼に、今では日課になった夫婦で出来ると銘打ったマッサージをしてもらう。
お腹の圧迫で浮腫みがちな足や腕、そして彼が一番気合いを入れる胸を寝る前にベットの上で施される。
「痛いかい?」
「ん、大丈夫です」
「そうか、上手くなったろい?」
「はい、とっても上手ですありがとうございます」
めきめきとプロ並みに上達していくマルコさんに感謝の気持ちを述べながら、そう言えばあの日を境に彼とは何もないな、と頭を過る。
妊娠してから現在胸を触られている今でさえ、正直いってそういう感情が沸いてこない。
それ所ではないというのもあるが、私はさて置きマルコさんは――
「あの…マルコさん」
「ん?どうした?」
「あ、あの…大丈夫…なんですか?」
「?、何がだい?」
「えっと、……その、欲求不満には―、」
「は?あぁ…ククッ」
彼だって健全な男だ。否応にも溜まるものは溜まるだろう。
その処理はどうしているのか、やはり妻になる身としてはそれも私の役目でもあると、考えた。
「#name#が大変な思いしてる時に、んな感情湧かねぇよい。それに赤ん坊が驚くだろい」
「―、そ、そうですか。あ、あのでも別にしても…大丈夫なんですよ」
「は?」
「あ、すみません、ですよね、こんな体じゃ、ハハ」
「痛くなったら…すぐ言えよい」
「え?」
私よりも敏感に体を気にしてくれる彼の返答に納得しながらも、特に禁止などされていない行為を何気なしに口にすれば呆気に取られた双眸が向けられた。
その視線に瞬時に顔が赤くなる。こんなタヌキの様なお腹の女に誰が欲情するものかと、思ったのも束の間、急に目の色を変えた彼から繋がれる言葉に間の抜けた返事が飛び出てしまった。
体を労り優しく抱いてくれる彼を見つめながら、正直言えば与えられる刺激から快楽は全く感じる事が出来なかったが、久々ともいえるマルコさんとの触れ合いと伝わる熱に、心がじわじわと満たされていく。
信じよう。ふとそんな感情が込み上げてきた。この拭い去れない不安はきっと、彼を信じる心が足りないのではないかと――
そうして繋ぐ愛の言葉。
心の底からそう思わせてくれる彼に最上級の想いを込め愛してるとそう告げれば、愛しい彼の顔が視界いっぱいに広がった。
「#name#…そろそろ」
「あ、中に出してください」
「は?いいのかい?」
「はい、なんか陣痛を促す効果があるらしいですよ」
「へぇ…にしても、やけに冷静に喋るねい」
「え?」
「感じてねぇのかい?」
「いいえ、やだなぁ…」
「……」