マルコ社会人編 | ナノ

#02 幸運な彼



マルコside



取引先との打ち合わせ帰り、かなりの渋滞に巻き込まれたオレは運転手に歩いて戻ると告げ車を降りた。

進行を妨げる人混みが嫌いな為徒歩で出歩く事は滅多にないのだが、そんな鬱陶しさを押さえ込みこの程よい寒さも気持ちいいもんだなと、久し振りの歩きを満喫する。

何事も考え様で事上手くいくものだと、長年の経験で学んだオレは車とは違いゆっくりと流れていく景色に情緒感たっぷりに浸っていた。

そんな中、ふと、ショウウィンドウを食い入るように見詰める女が目に入る。
何を見ているのかと、普段のオレなら気にも留めないのだが、彼女の背後からその目線を追ってみた。

靴か。彼女は展示してある靴を、それは何か念でも送っているのではないかと思うくらい見詰めている。

「ククッ、面白い子だよい」

そう無意識に思った。
そうして、ふとガラス越しに見えた彼女の顔が目に入った瞬間、ドキリと胸が跳ねた。

今は真剣な眼差しを靴に向けている彼女。
その眼差しを自分に向けさせたい。そんな欲望が一気に頭を支配したのだ。

「やれやれ、困ったねい」

思わず口に出た思考。名前も何も分からない、今会ったばかりの彼女をどうやって振り向かせるか。

いや、その前にどう接触を試みるか。

そんなオレらしくない考えを張り巡らせ、女なんて口説いた事のないオレはこういう場合の対処法を持ち合わせていない事に頭をかかげた。

しかし、こんな気持ちになったのは初めてで、この機会を逃してはいけないと第六感が告げている。

暫く考えていた処で、名残惜しそうに店の前から立ち去ろうとする彼女に、行ってしまうと体が咄嗟に動いたその時、神に願いが通じたのか彼女の鞄から、ストンと財布が落ちたのだ。
それを目に留めた瞬間、このチャンスを逃すまいと急いでそれを拾い華奢な彼女の肩に手を伸ばした。

「落としたよい」

そんな呼び掛けに一瞬ビクリとした彼女は、手にしている財布を見て驚き感謝の言葉を述べてくる。

そしてお礼でもしたいと言いたいのだろう、言い掛けた言葉を飲み込んだ彼女に思わず笑いが出そうになった。


確かに、女から誘うのは恥ずかしいだろう。
気を利かせ自分から茶でもしないかと彼女を誘った。
誘いに二つ返事で了承した彼女を連れて、近くのカフェに入り、正面からじっくりと彼女を見てみる。
歳は…二十代前半かそこらだろう。かなり落ち着いた感じの服装をしているが、もしかしたらまだ学生かもしれない。

顔は…問題なく好みだ。スタイルも申し分ない。是非脱がせてみたものだと、如何わしい思考を巡らせていると、そんな思考を妨げるように彼女が口を開いた。

「あ、あの、すみません。私から誘うべきですよね、こういう場合」

申し訳なさそうに口にする彼女に、オレからしたら願ったりだと胸の内で思いながら、気にし過ぎだと、丁度喉が渇いていたのだの、いい話し相手が見つかって良かったなどど御託を並べ彼女を宥める素振りを見せる。

そんな邪神な胸の内を知らない彼女は、その返答に良かったと胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべた。それを見詰めながら無意識に頬が緩んでいく。

そうして、自己紹介がまだだったと焦りだした彼女から告げられる名前。
#name#か。名前さえも可愛らしい。

そうして自分も名乗りつつも、社会人予定と言う言葉にやはり学生だったかと、そして予定と言うフレーズに疑問を覚え彼女に問い掛けた。

まだ就職先が決まってないと言う言葉に、うちに入ればいいと思わず喉まで言葉が出掛かったが、彼女にも希望する会社があるかもしれないと会社名を問いてみた。

そんな中、第三志望から言い出した彼女を相槌を打ちながら珈琲を啜っていると、第一志望の会社名が耳を捉えた瞬間、不覚にも飲んでいた珈琲を噴出してしまう。

な、なんだと?第一志望がうちの会社なのかい?
こんな偶然もあるのかと、どこまでついているんだと、自分を称えたくなった。
あまりの動揺振りに、彼女が心配しまさかと口を開く。

そんな彼女の様子を見て何故か言えなかった。
オレはその会社の役員をしているのだと。

どの道分かる事だ。何故隠したのかは自分でも分からなかったが、彼女の安堵の表情を見てまぁいいかと思い直した。

彼女が入社したら話してやろうと。
でないと、オレとこんな風に対等に会話すらしてくれなくなるかもしれない。

オレに寄ってくる女は皆、肩書きが好きなのだ。彼女は違うと信じたいが、うちを志望している時点で素性は教えるべきではない。

これは入社するまでに自分のものにするしかないなと、彼女の今後の予定を聞いてみる。

すると予想外の返答が帰ってきた。
入社試験を終えたらまた留学先に戻るのだと。

なんて事だ。それでは二人の間は埋められないなと、さてどうしたものかと考えていた所で、これから約束があるのだと言う彼女。

先程までの幸運は何処へ行ったのかと、脱落気味な気分に襲われた処で思わぬ人物の名に再び驚いた。

エースの幼馴染?
これはまた、世間は狭いな。再度訪れたチャンスに僅かに口角が上がっていく。

これで、彼女の行動は少なからずエースに聞けばいいではないかと。
それから、約束の時間を過ぎてしまったと慌てる彼女を送り出し、続いて店を出た。



店を出た足で、先程彼女が食い入る様に見ていた店に足を向ける。

サイズは分からなかったが、恐らくこのくらいだろうと予想しその靴を綺麗にラッピングさせ会社へと戻った。


自室に着き彼女への贈り物を大事にしまった後、今回の面接予定の人物を確認した。

「イゾウと、ビスタ。それに…サッチかい」

ぽつりと呟き、あいつが面接官だと顔やスタイルなどで選びそうだなと。一人溜め息を吐きながら、#name#の時だけこっそり覗いてやろうと、一週間後に再会できるであろう彼女を思い浮かべ、一人頬を緩ませていたのだった。


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