マルコ社会人編 | ナノ

#33 突然の訪問者



#name#が姿を消してから三ヶ月余りが過ぎようとしていた。
相変わらず連絡はおろか、気配すら感じられない。

#name#が居なくなってからと言うもの、まるで魂が半分抜けちまった様に虚ろな態度で過ごしていた。
彼女は元気にしているだろうか?
オレの事など、もう忘れてしまっているのだろうか?

そんなオレは未だに彼女を想い折れそうな心をなんとか保ちながら、ただ時間だけが刻一刻と過ぎて行くのを感じていた。


「おっすマルコ!邪魔するぜ」

「……なんだい?」

「ん?あぁ、この書類届けによ」

「……ありがと…よい」

普段なら下の奴にやらす様な雑務を、サッチは…否、サッチに限らず兄弟達は皆こんな風に理由を付けオレの元へやって来る。

#name#が居なくなってから、誰が見ても分かるオレの落ち込み様を心配しているのだろうが、正直、心配するなら#name#を連れ戻して来てくれ…などと無謀な願いを立ててしまう程、今のオレは荒んだ心を秘めていた。


「ったく、いつまでそうやってるつもりだよ!?情けないぜ、全くよぉ」

「別に…普通だよい」

「かぁー!どの面下げて言ってんだか。いい加減忘れちまえよっ、ろくな挨拶も無しに辞めちまった奴なんかよぉ!」

「……はぁ。そうだねい」

「…そうだよ。よし!じゃぁまず手始めに、このデスクでも片付けるか」

「っ……いや。まだ…そのままでいいよい」

「何言ってんだ。こんな使う奴も居ないデスクなんて置く意味ねぇだろ?」

「……あぁ。わかってるよい。今週中には…片付けるよい」

「今じゃねぇのか…。まぁ、いいや。ちゃんと片付けろよ?その沈んだ気持ちも一緒によ」

「……あぁ」


そう。オレは未だに彼女の使っていたデスクやパソコン、ファイルやペンに至るまで全て、あの日のままの状態で残している。

もしかしたら戻ってくるかもしれない。そう思う心が強くあったからだ。
だってそうだろい?
父親が回復すれば彼女の心配事はなくなり、そうすれば自ずと連絡なりなんなりあるだろう?

だが…そんな彼女への期待も、一月程度経った頃からだんだんと消えつつあった。
何か、それだけが理由ではない気が沸々と湧いてきていたからだ。
潮時…なのかもしれない。
初めて自ら傍に置いておきたいと思った女。手に入れたいと思った女。
そんな存在にされたこの仕打ちに、変なプライドが邪魔をして認めたくないだけなのかも知れない。


そんな事を考え出していた矢先、オレの元に思い掛けない訪問者が現れた。

「マルコ専務。アポイントはありませんがどうしてもお話があると”トラファルガー”様と言う方がお見えですが、どうされますか?」

「トラ…そいつは、若造かい?」

「はい。お若い方ですね」

「通してくれ」

トラファルガー。その名前には見覚えがあった。
そうだ。以前#name#の携帯に電話を掛けてきたやつだ。彼女のあの様子からすると、何かしら関係のある男なんだとオレは確信していた。
そんな奴が何故オレの元へ?彼女に何かあったのか?それとも他になにか…

あまりにも予想外な訪問者に、オレは心がざわつき始めた。嫌な予感がしてならない。


「失礼します。こちらにどうぞ」

「すいませんね。いきなり」

「あぁ…まぁ、座れよい」

応接用のソファーへ促し、向かいにドサリと腰掛けた突然の訪問者を、オレは品定めするかの様に目線を下から上へと滑らせた。

顔はまぁ男前の部類に入るだろうが、目付きは悪く低姿勢を無理矢理作り出している事が丸分かりだ。

彼女はこんな奴が好みだったのかと思った瞬間、軽く吐き出す様な笑いと共に予想通りの言葉が投げ掛けられた。


「唐突ですが、オレは#name#の元彼でしてね。まぁ、現在も関係があると言えばあるんですが…彼女には最近会いましたか?」

「…いや。三ヶ月程前に辞めてからは会ってないよい」

オレの言葉を聞き終えた目の前の訪問者は、少し考える様に口元に手の甲を当てた後、今度は挑戦的な目付きで更なる質問を投げ掛けてきた。

「では、最後に#name#を抱いたのはいつですか?」

「っ!?」

思わず言葉に詰まった。こいつはオレと#name#の関係を知っていたのか?
彼女に聞かされたのか?
初対面の、ましてや彼女と関係のある男からの質問にオレは冷静な部分を無理矢理引き摺り出し、意図を探るように思考を巡らせる。

「はっ、#name#を抱いた事なんてありませんでしたか?それは失礼。」

「……」

なんだい。彼女から聞かされていた訳ではなく、ただの推測だったか…
しかし何故そんな事を聞く?関係があったとしてもこいつに非を感じる筋合いはないだろう。
そう考え付いたオレは多少警戒しながらも口を開いた。

「#name#が辞める…三ヶ月前位かねい」

「……ふっ、成る程な。その当時、#name#に男の気配はありましたか?」

「…いや。なかった筈だが」

お前を除いてな。などとは言わず、何かを悟った様な口振りに少々苛立ちを覚え始めていた。

「じゃぁあんたで決まりだな」

「…?何がだい?」

「昨日#name#に会った。偶然だがな。七ヶ月だそうだ」

「#name#に会った…だと?日本でかい?それに…七ヶ月ってなんだ?」

「ククッ。あんたも何も聞かされてない様だな。妊娠してんだよ、あいつ」

「なっ!?どう言う事だい!?」

「フッ…どうもこうも…そう言う事だ」


無理矢理引き摺り出した冷静な部分は、その言葉を捉えた瞬間一瞬で消え去ってしまっていた。
妊娠!?しかも日本に居るだと!?
では全て嘘だったと言う事か…しかし…


「さて、ここからが本題だ。昨日聞いた話によると、父親が特定していないらしい。そこで上がったのが…オレと…あんただ」

「っ!?な、なんだと…?」


そんなとんでもない爆弾を落としてきた訪問者に、オレは気付けば胸元を掴み上げ、動揺を隠しきれていないその手は少し震えていたのだった。

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