マルコ社会人編 | ナノ

#30 断ち切る想い



#name#が逃げる様に走り去る後姿を捉えながら、オレは唖然と立ち尽くしていた。
正直に言うと、ふつふつと湧いていた彼女への疑心が確信に変わった事に、心が追いつかなかったのだ。
パタリと扉の閉まる音が耳に入ってくると同時に、溜まっていた想いが深い溜息となって吐かれた。

しかし、これで分かった事がある。間違いなくオレは避けられている様だ。何が理由かは…わからねぇ。

いつからこうなったのか…。
あの日初めて#name#の口から好きだと言う言葉をもらってから、オレはやっと形になった関係に、幸福感に満たされ全てが上手く行っていると思っていたのに、だ。

いつからだ…?
あれは…そうだ。#name#が気分が悪いと言い出した辺りからか。
オレの誘いも尽く断り、まるで二人きりにならぬよう意識してる様にも感じた。

それから今に至るまで、深い霧の中に居るみてぇに掴めそうで掴めない彼女をもどかしく想いながら、オレの心には常に不協和音が鳴り響いていた。

そしてコレだ。
何故だ?何があった?
男が出来たのならばそう言ってくれりぁいい。
オレに興味が無くなったのならそう言ってくれりぁいい。

こんな、こんな何も言わずただ避けられている状況じゃ煮え切るもんも煮えやしねぇよい。










「おっ、来てたのか?」

「エース…おかえり」

「ど、どうした?具合でも悪ぃのか?」

「ううん…大丈夫」

「そ、そうか。ビビらせんなよ」

「うん…ねぇ、エース」

「あ?なんだ?」

「私………」


あのまま一直線にここへ来た。自宅に帰り一人で居ると間違いなく心が滅入ってしまいそうだったからだ。

エースにはほんとに迷惑ばかり掛けていると分かってはいたが、今の私には彼以外、頼る人はいないのだ。
そうして嫌な顔一つしない彼に…私は甘えきっていた。


「そうか…じゃぁもう行くな」

「でも…何て言えば…」

「今日、マルコと気まずい雰囲気になったんだろ?それで十分だ」

「ごめん。何が十分なのか分かんない」

「え?あー、取り敢えず辞表書けよ。一身上の都合とか適当に書いてよぉ」

「辞表…わかった」

「よし。明日オレが渡しててやるから安心しろ」

「…エースが?」

「あぁ。もう会いたくねぇだろ?」

「…いいよ。自分で行く。朝早く行って…マルコさんのデスクに置いてくるから」

「っ…。まぁそれでもいいけどよぉ、気が変わったら言えよ?」

「うん。ありがと」

「おう。じゃ、飯食おうぜ!そういやぁルフィーは?」

「まだみたいだね。よし。私ご飯作るよ!」

「あーー!ダメだ。お前は座ってろ!」


それから頑なに拒まれ、手伝いすらさせてくれない彼に困惑しながらも、毎度の事大量に作られていく料理の匂いに悪阻が発生し、泣く泣く台所を後にした。

そして今後の事や引越しの予定などを立てと、まだ安息は出来ない今の状況を彼はてきぱきと指示し、お腹の子に何かあってはいけないからと、私に何もしなくていいと気遣いも怠らない。

「ねぇエース。いつにも増して…過保護だね」

「あ?当たり前だろ?腹の子になにかあったらどうすんだよっ」

「ふふ。そう簡単にどうにかなる訳ないじゃない。だってこの子はマル…っ」

「……。その子は#name#の子だろ?」

「う…ん…そ、そう!私の子だから強いんだよ!」

「あぁ。強そうだな」

「…でしょ?」


思わずマルコさんの子かもしれないからと、口走りそうになった。
ダメだな、私。消し去ろうと努力はしているが、まだ彼への気持ちが根強く残っているのだろう。

でも明日からは、否、これから先、一生マルコさんに会う事はないだろう。
そうすれば、時が…必ず消し去ってくれる。この気持ちも、心のわだかまりも、全部。 



そして次の日。
まだ陽も登っていない薄紫色の町並みを歩き会社へ向かった。

自ら辞表を出しに出向いたのには理由があった。
置き手紙的な所は少し卑怯だが…目を瞑って欲しい。


うっすらと部屋の造形を照らす程度の灯りの中、私物を片付け、彼のデスクに辞表を置く。

ゆっくりとその無機質なデスクに手を伸ばし、今は主の居ないソレは、ひんやりと沈黙し、その冷たさに彼の温もりを探すように身を寄せた。


大好きだった。
運命的な出逢いをし、溶け合う様に体を交え、一度は離れた私に居場所をくれた彼。
そうして、漸くなんの蟠りもなく身も心も捧げる事が出来たというのに。
どうしてこんな事に…


もうマイナスな思考はしないと誓ったが、今だけ、もうこれで最後だからと、残りの想いをここで全て吐き出すかの様に、私はデスクに寄り添う様に啼泣したのだった。

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