マルコ社会人編 | ナノ
#29 揺らぐ決意
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心強い存在に支えられ、これからの未來へ勇気と希望を少し蓄える事が出来た私は、不安と決意の狭間で揺れながらもエースと共に立てた計画が終わるまでぐらつく心をなんとか繋ぎ止め日々を過ごしていた。
突然辞めるのが一番ベストというエースの提案で、今のプロジェクトが終わり次第私はマルコさんの元から去る事になる。
悪阻と体のだるさに耐えながら悟られない様に我慢し、そして極力マルコさんと二人きりにならない様にエースに協力してもらいと、なんとか無事私に課せられていた仕事が終止符を打つ日がやってきたのは、妊娠四ヶ月目に突入した頃だった。
「#name#お疲れさん。大成功だったねい」
「はい!マルコ専務もお疲れ様です」
「あぁ。週末は成功を祝ってパティーを開こうと思ってるんだが…何か要望はあるかい?」
「パ…ティーですか?」
「ん?どうした?」
「いえっ!た、楽しみですね」
「あぁ…#name#、この間からだが…顔色が良くないねい?医者には診てもらったのかい?」
「はい…単なる過労だそうです。ご心配掛けてすみません」
「だったらいいんだが…これからはゆっくり出来るだろうし、しっかり休めよい」
「…はい」
「っ、……」
彼は一旦開きかけた口を閉ざし何か言葉を飲み込んだ後、私との距離を縮め戸惑いがちに伸ばしてきた手は優しく頬を包み込んできた。
「ぁっ…あの…」
「なぁ…#name#?何かあったのかい?」
そう口にした彼は悲哀な瞳を向け私に問い掛ける。この決意を固めてから彼とは触れ合っていない。否、触れ合う所かキスさえもしていないのだ。
エースがタイミング良く邪魔をするといっても限界があった。
その不自然なまでの態度は勿論彼にも伝わっていて、そんな豹変を遂げた私に不信感を抱くのは当たり前だろう。
「す、すみません。体調が悪くて…その…」
「本当にそれだけかい?」
「っ…はい」
胸がぎしりと痛んだ。マルコさんにこの胸の内を吐露出来ればどんなに心が軽くなることか。
しかし現実はそうもいかず、結局は彼にこんな悲しげな瞳を宿させてしまう。
でもこればかりは口が裂けても伝える事は出来ない。
そう。口が裂けてもだ。
「……#name#。今夜…いいかい?」
「…っ、あ、すみません。先約があって」
「先約って?」
「…すみません」
「……なぁ、正直に言えよい?オレの事…嫌いになったのかい?」
「っ、い、いえ。嫌いな訳じゃ…ないんです」
「じゃぁなんだよい?」
「……ほんとに…何も…っ!」
初めは至って優しく問い掛けていた彼だったが、何かに駆り立てられたかの様に力任せに抱き寄せられ口を塞がれた。
逞しい腕でしっかりとホールドされた体は押しても叩いてもびくともせず、ぐいぐいと壁際まで追いやられた私は退路を絶たれ、されるがまま益々深くなる口付けを受け入れるしかなかった。
熱く激しいとも言える彼の口付けは衰える事を知らず、体を拘束していた腕はまるで当たり前の様にシャツのボタンを外しに掛る。
「っ…!んっ…だ、ダメです…」
「#name#…」
まだ彼を想う心が残っている私は、思わず流されそうになった気持ちを無理矢理振り払い彼と距離を保つ様に腕を伸ばした。
彼と触れ合う事は、これから先父親無しでこの子を育てていこうと決めた私にとってとてつもなく決意が揺らいでしまう行為だ。
出来る事なら頼りたい。その何もかも包み込んでくれそうな彼の胸に縋りたい。
そんな弱い心が顔を見せた処で、ぐっと拳に力を入れ思い留まる。
この事実を話せば、きっと彼だって呆れて私を軽蔑するだろう。
嫌われるのは…別に構わない。でも、自分の子かもしれないという不安を与えてはいけない。そんな煩わしい思いを彼にさせる訳にはいかないのだ。
「ご、ごめんなさい…」
「っ…。話しては…くれないのかい?」
「…ごめんなさい」
「っ!#name#!!」
なかなか退かない彼から逃げる様に、私は部屋を飛び出した。
もう限界なのかもしれない。彼は勘のいい人だ。
何かこれと言った理由を突き付けないと納得はしてくれそうにない。
あそこで嫌いだと言えば良かったのだろうか?
嫌いなんて、とてもじゃないが言えそうになかった自分に少し後悔した。
仕事も終わった事だし、もう明日から行くのを止めようか?
今日の事もある。マルコさんだってなにかしら察してくれそうだ。
それに何より、何より彼の傍にいるのはぐらぐらと決意が揺らいでしまう。
正直、今の私には拷問に近いものがあった。
それでも、久し振りに触れた彼の温もりは心地よく、張り詰めていた心をじわじわと溶かしていく様な暖かさを感じた。
彼の事を想うと胸が張り裂けそうだ。
いけない。彼に依存する様な気持ちは持ってはいけないと、私は先程の想いを掻き消す様に頭を振り歩き出す。
この子を産むと決めた以上迷いなんて禁物だ。
彼とはこの先、会い交える事のない存在なのだから。
大丈夫。大丈夫だから。そう、まだ少しもその存在を主張しないお腹に向かって、私はまるで自分に言い聞かせる様に呼び掛けたのだった。