マルコ社会人編 | ナノ

#19 変化する比率



そんな心の葛藤をしながらも、忙しさは変らず私を追い詰めた。

深夜に帰宅する事など日常茶飯事で、以前に比べプライベートな時間など無いに等しい多忙な日々を送っている中、彼の存在が唯一、私のエネルギーの源になっていた。



「マルコ専務、この数字はこれで妥当なんでしょうか?」

「ん?んー、まぁ他も大して変わらないだろい」

「そうですか。ではこの会社に任せてもいいですね?」

「そうだねい。そこなら安心だろい」

仕事上の会話をするだけでも、きり詰まっていた気持ちがスッと退いていく気がする。
彼の傍で仕事をする。それだけで今の私は十分満足していた。

今は、恋人になんてなれなくてもいい。想いも伝えなくていい。
彼が求めれば受け止めるし、彼の支えになれるのならば、この平行線な関係だって構わない。


そんな思いを寄せながらデスクに向かっていると、着信を知らせる振動が胸ポケットから伝わってきた。

仕事とプライベートを別けていない私は、何も遠慮する事なく携帯を開く事ができる。
そうして今回も何気なしに開いた画面には、久し振りに見る彼の名前。
勿論、マルコ専務の前で出る訳にもいかず、私は応答することなくその画面をしまった。

「電話、いいのかい?」

「あ、はい。友人からだったので」

「あー、いつかの飲み友達かい?」

「あ、えっと、まぁ」

「…?」

曖昧な受け答えをする私に僅かに怪訝な表情をした彼は、先程までパソコンの上を滑らせていた手を止めこちらに向かってくる。

「#name#?誰からだったんだい?」

「っ…!」

私をつつみ込む様に両手をデスクに付いて、息が掛かるほど顔を近づけそう口にする彼に、体がゾワリと震えた。

「ゆ、友人です。学生時代の…」

「へぇ…。掛け直せよい。今ここで」

「えっ!?い、いえ。仕事中に話す内容ではないと思いますし、その、後で」

「掛け直せ」

「っっ!?」

上からの征服的な言い方をする彼に、疑問と焦りを感じながらも彼の前でローと話す訳にはいかないと、私は首を横に振った。
それでも掛け直せと聞かない彼に、携帯を奪われ履歴から彼の名前が晒される。

「トラファルガー・ロー」

「高校時代の友人です!!か、返してください!」

「た・だ・の友人かい?」

「…はい」

どうしてそこまで食い付くのだろうと、彼の不可解な行動と少なからず嘘を付いた自分に、消え入りそうな声で返事をしてしまった。

「…そうかい。わかったよい。ほら、」

未だ彼の目は疑いの色を含んでいたが、わかったと携帯を返してくれる。

「……」

「…」

沈黙が痛い。突き刺さるような視線を背後から感じながら、携帯を今度は鞄の中に仕舞おうとした瞬間、なんとも悪いタイミングで再び震えだす私の携帯。

「#name#…電話だよい」

「っ…!!」

ここで画面を確認しないのもおかしな話だと、もしかしたら取引先からの電話かもしれないからだ。

しかし、”また”ローからの電話だったらと思うと、画面を開くのに酷く躊躇してしまう。

「ほら、切れちまうよい。出ろ」

「は、はい」

恐る恐る画面を確認すれば…やはりと言うか、今は見たくない彼の名に溜め息がでた。
一体私になんの恨みがあるのだろうか。


「んー?またそいつかい?出ろよい」

後ろから覗き込まれ言い逃れもできないまま、スッと伸びてきた彼の手は、あろう事か通話ボタンを押してしまった。

「あっ!!何するんですか!?」

「ククッ、しー!」

通話ボタンを押した瞬間マイク部分を指で押さえていた彼は、人差し指を口にあて悪戯な笑みを浮かべてきた。早く出ろと顎で促され、私はしぶしぶ携帯を耳にあてる。

「はい…」

『出るならさっさとでろ。仕事中か?』

「そうだよ。後で掛け直す」

『あぁ、いや、直ぐ終わる。今日夜空けとけ』

「無理。忙しいから、帰りは深夜になるし…きゃ!!」

『あ?どうした?』

「う、ううん。なんでもない。それより今日は無理だから!じゃぁね!!」

『あ、お』


会話の途中で無理やり終了させた私は、勢いよく彼に振り向く。

「いきなり胸触らんんっ!!」

通話中にするりと伸びてきた彼の手は、ブラウスのボタンを素早く器用に外し、胸へと到着した。
その直後に電話を切った私は、そんな彼の悪戯に抗議しようと振り向いたのだが…今度は口を塞がれてしまう。

「んんっ」

「あんまり妬かせるなよい」

「っ…!!」

塞がれた唇が解放された瞬間、繋がれた言葉。

妬かせる?ローからの着信にマルコさんが妬いたという事だろうか?

そんな嬉しさ二割、不可解さ八割な私は、未だしっかりと腰を抱き寄せている彼を見上げる。

「妬…く?」

「ククッ、あぁ。妬くよい」

少し目を細めそう優しく微笑みながら口にする彼に、堪らなく愛しさが募った私は、先程の比率が嬉しさ七割まで上昇したのだった。




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