マルコ社会人編 | ナノ
#18 募る想い
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遠くの方で僅かに聞える電子音に、重い瞼がゆっくりと開いていく。
目を覚ますと見慣れた自室に見慣れた寝具。一つ見慣れないとすれば…
「っ…!!」
横で寝ているマルコ専務。あぁ、そうだった。昨日あれから共に寝てしまったのか。
彼を起こさぬようそろりと抜け出したい所だが、彼の腕によってしっかりと拘束された体は抜け出す事が不可能と言える。
「……」
未だ寝息を立てている彼を見上げ、それと同時にフラッシュバックする昨夜の記憶。
やっぱり好きだな。大人の余裕と言うか、包容力と言うか…彼の全てを司る雰囲気が溜まらなく好きだと再確認する。
違和感無く、ごく当たり前の様に体を重ねられるこの関係はいったい何なのだろう?
恋人…でもないし、ただの上司と部下でもない。彼は結婚していないので不倫でもないし…しかし肩書きをはっきりさせない彼の意図を知るのは少し怖い。
傍に置いておきたい。私が必要。そして何より、愛情溢れる程としか言いようがないくらい優しく抱いてくれる彼。
貴方にとって、私はどんな位置付けなのだろう?
そんな疑問を抱えた処で、小さな唸りと共に彼の瞼が上がってゆく。
「ん…あぁ、起きてたのかい?おはよう」
「お、おはようございます」
「ん…#name#今…何時だい?」
「ぇっと…六時過ぎですね」
「ん、じゃぁまだ寝れるねい…」
「ゎっ!」
寝ぼけているのか何なのか、更に拘束を強めた彼は再び寝ようと提案してきた。
しかし、今の私の心中は複雑なことこの上ない。
好きな男に抱かれながら、思いは告げれず、明確にされないこの関係。尚且つ相手もそれを望んでいそうな絶望的な展開。
「はぁ…」
不意に溜め息が漏れる。それを捉えた彼は再び重そうな瞼を上げると、どうしたと問い掛けてくる。
「いいえ…」
次なる言葉が思い浮かばず、そう簡潔に告げた。
彼の体温を直に感じながら、煮え切らない思いをぶつける様にその逞しい胸板に顔を埋める。
「…今度の休日、どこか行かねぇかい?」
「休日…ですか?」
「次の日曜辺り、休めるはずだよい」
「…はい」
唐突にそんな事を言い出す彼に、戸惑い混じりに返事を返す。
この雰囲気での休日のお誘い。期待してしまいそうな心をくしゃりと潰し、あくまで日頃のご褒美的なものだろうと、思い直した。
それから支度を整え、彼と共に出社した。
彼の着替えは常に専務室に用意してあるので、会社で着替えるとのこと。
少し皺が寄ったままのスーツを身に着けた彼は、大きな欠伸を引き連れ車へと乗り込んだ。
「疲れてるのに…何だかすみません」
「ふぁーあ?全然平気だよい」
「…。 無理しないでくださいね」
「ククッ、#name#にだけは言われたくないねい」
「無理なんかしてないですよ」
夜を共に過し、朝日を浴びながら共に出社する。
これが恋人同士だったならどんなに幸せだろう。でもこの関係になにかしら進展があった時、間違いなく私は会社には居られない気がして、怖かった。
そんな不安を抱えながらも、今日も朝から打ち合わせと休む暇なく仕事が湧いてくる。
メンタル面で悩み事がある場合、ここまで忙しいと少し救われる。不安な心を打ち消せるからだ。
そんな忙しい合間にも、彼と二人きりになる事は多々あり、その度に触れるだけのキスを送ってくる彼。
ひどい時には自分の膝に乗せたまま、共に書類を確認したりもする。
まるで恋人扱いなその行為に、半分嬉しいが、半分辛い。正直これ以上好きにならせないで欲しい。
最終的に傷付くのは…間違いなく私なのだから。
そんな未来に不安を抱き臆病すぎる私は、それでも彼の事が好きで、今日も求められるまま彼の唇を受け止める。
胸が張り裂けそうになりながらも、優しい彼に虚勢を張る事もできず、心の内を曝け出す事もできず、想いだけが募っていくのだった。