マルコ社会人編 | ナノ

#14 現実逃避



私の居場所はここにはないんだと、そう確信してから彼の元へ向かった。
重々しいその扉の前で大きく深呼吸をして、少し震える足でゆっくりと扉に手を掛ける。


「遅かったねい。そろそろ帰るかい?あー、そういえばさっき例のメールの奴か…」

「マルコ専務。お話があります」

「どうした?改まってよい」

「会社を辞めさせてください」

「は?いきなり何言ってるんだい?何か…あっ」

「私は…もうここでは働けません」

「#name#?何があったんだい?」

「普通に…普通に入社したかったです。裏で手を引いてもらわずに、普通に」

「何か…言われたのかい?」

「こんなんじゃ、私はこの会社で胸を張って仕事なんかできませんっ」

「#name#。何があったか話してみろい」

「……」

「#name#?」

「私が…なんて思われてるか知ってますか?」

「…?やっぱり誰かに何か」

「体を使って、専務に取り入った女だって思われてるんですよ!」

「っ?何だいそれは、違うだろい」

「でも!実際に私の実力で入社できた訳じゃないじゃないですか!!」

「#name#の実力だよい。くだらない事言ってんじゃ」

「私は…こんなこと言われる為にこの会社に入りたかった訳じゃないんです!!」

「#name#!」

「なんの為に勉強して留学までしたか…分からないじゃないですか!」

「落ち着けよい」

「私は専務秘書なんてしたくなかった!こんな風に思われるなんて…」

「言いたい奴には言わせとけばいいだろい?事実は違うんだからよい」

「違わないですよ!だってマルコさんがいたから入社できたのは事実じゃないですか!!」

「オレが#name#を傍において置きたいと思ったからそうしたんだい。これも#name#の実力の内だろい」

「っ…!!じゃぁ…じゃぁ傍に置いておきたくなくなったら?そうしたらどうするんですか!?」

「っ…#name#」

「傍において置きたいから入社させて、秘書にして、じゃぁそうじゃなくなったら?秘書から外して、子会社にでも行かせるんですか!?」

「誰もそんな事言ってないだろい!!いいから、落ち着けよい」

「嫌っ!!触らないで下さい!」

「…#name#!!」

「私は、マルコさんのおもちゃじゃないんです!そんな一時の感情で人の人生を左右させないで下さい!!」

「はぁ…あのよ」

「もう嫌なんです!この会社に居るのも!マルコさんの傍に居るのも!!」

「っ…」

「グズ…すみません。今日限りで辞めさせてもらいます」

「っおい!待てよい!!」

「離して下さい!!私は、私はマルコさんに出会った事を後悔しています」

「なっ…」

「ズズ…お世話になりました」


そう吐き捨てて、部屋を飛び出した。
彼は酷く困惑していたが、言葉に詰ったという事は、思い当たる節でもあるのだろう。
想いは必ず変化する。
その時がきた時、どんな風に変わるかは分からないが、今のままでいられはしないだろう。
彼もきっと、その事は分かっている筈だ。

感情を抑えられず、思わず言ってしまったが、でもこれで良かったんだと思う。
この会社に入った事自体、間違っていたのだから。


会社を出て、直ぐにタクシーに乗り込んだ。
部屋を片付けなければいけない。取り敢えず、必要なものだけ鞄に詰めてエースのとこにでも行こう。
後は…それからだ。



「おっ!?何やってんだお前?」

「お帰り…」

「連絡しろよ、電気も点けねぇで…心臓に悪いぜ」

「…ごめん」

「それにしても、面白いくらいに会わねぇな、会社で」

「うん…」

「マルコとは上手くやってんのか?」

「…やってない」

「何だよ、喧嘩でもしたのか?」

「…辞めた。会社」

「は!?辞めた??何で?」

「グズ…だって…ズズズ」

「あーーちょ、取り敢えずこっちこいよ」

それから彼の部屋に移動し、先程の事をポツリポツリと話し始めた。
マルコさんと体を重ねた事を口にした時、彼は驚きと、そして何故か怒っていたが、それでも最後まで話を聞いてくれ、一段落ついた処で彼が口を開く。

「ったく…マルコの野郎」

「…私も悪いよ。裏口入社の事実を知った時点で、入社なんかしなきゃよかったんだし」

「でもよぉ、もっとマルコが上手い事やれば、#name#はこんなに傷つかずに済んだと思うぜ」

「…もういいよ。今更そんな事…」

「でも…マルコの事好きなんだろ?」

「…もう好きじゃない」

「そっか…。よし、飯でも作ろうぜ」

「エースが作ってよ…めんどくさい」

「こういう時は動いた方が気が紛れていいんだ。ほら、立て」

「…もう」


そうして心の友に促されて大量の料理を作ってる間は、彼の言う通り見事に気が紛れ、私はマルコさんの事も、会社の事も一時だけ忘れる事ができた。

これからすべき事がたくさんあったが、心身共に疲れ果てた私は、この事態に、現実逃避という便利な状況を使う事にし、眠りに就いたのだった。




「あー、マルコか?」

《なんだよい…》

「#name#の事だけどよ…」

《…あぁ、頼んだよい》

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