マルコ社会人編 | ナノ

#12 不安解消




今日は社長との会食の為、管理職の皆様は就業と共に出払ってしまった。
勿論、マルコさんも例外ではない。

「今日は送ってやれないが…気を付けて帰るんだよい」

「はい!全く問題ありません。大丈夫です!」

「#name#…何だか嬉しそうだねぃ」

「そんな事ありませんよっ、ほら、遅れますよ!お気をつけて」

「…あぁ。行って来るよい」

にこやかに、そして爽やかに彼を送り出し、一人になった部屋で思いっきり背伸びをした。
入社してから毎日、そう毎日私は彼と共に帰宅している。
たまには会社帰りにデパ地下やら、買い物やらしたいじゃないか。マルコさん抜きで。

私は飼い主からリードを放された犬のように、この小さな自由を満喫する事にした。

「うーん。何処いこうかな…」

足取り軽やかに会社を出る。するとタイミングよく鳴る携帯電話。

「ん?誰だ…ロビン!!」

そんな絶妙なタイミングで電話を掛けてくる友人に、歓喜の声を上げながら通話ボタンを押した。
なんとなく掛けてみたと口にする彼女に、本日背中に羽の生えている私は、この自由を彼女と共有しようとお誘いをかけ待ち合わせをする事にしたのだ。


「まぁ、あの彼とそんな事に…」

「そうなの!驚きでしょ。しかも自由がないんだから」

「ふふ。でも満更でもなさそうな顔ね」

「…だって」

それから彼との関係を洗いざらい話した私は、妙にすっきりとした気持ちになり、そう言えば彼の秘書なんてしてるお陰で会社で話す相手がいない事に気付く。

「はぁ、このままじゃ友達もできないよぉ」

「ふふ。それは困ったわね。」

「もう、人事だと思って…切実に悩んでるんだからね」

「わかってるわ。で、好きなんでしょ?彼の事」

「…ぅん、たぶん」

「いいじゃない、何がそんなに邪魔をしているの?あ、トラファルガー君?」

「え?ロー?あ、そう言えば忘れてた。ううん、ローは関係ないよ」

「まぁ、彼もかわいそうね。で?何なの?」

「確かに。あぁ、だって、もしよ?もし…」

私は胸の内に秘めていた膨大な不安を彼女に話した。

もし彼と恋人同士になって、身も心も彼一色に染まってしまったら、その恋が終わった時、いや、彼の熱が冷めてしまった時、私は同時に職も恋人も失う事になるのだ。
これが、自力で入社してそこで恋に落ちたのならまだ話は別だが、入社自体が彼の裏工作。私があの会社に居れるのは彼のお陰。
そんな私が唯一自分の身を守る為には、彼を好きになるのはご法度だと。
でないと失う物が大きすぎて、恐ろしすぎる。
そう彼女にぶちまけた。

「なんだかややこしいわね。それでも、もう好きになってしまったんでしょ?」

「うん…そこがややこしいのよ」

「でも…彼なら別れた後も、キチンとしてくれそうだけど?」

「うん…でも私が嫌だよ。肩身が狭い」

「それは、ふふ、どうしようもないわね。でも体は重ねる訳ね?」

「痛いとこ突くなぁ…体は…正直なのよ」

「ふふ。困った子ね」

「あーぁ。もうダメ私。飲も!!」

「程々にしなさいよ」

「はーい、わかってますよ」


そんな私が程々なんかで終わる筈もなく、憂さ晴らしの為に口にしたそれは、翌日の私に大打撃のプレゼントをくれたのだ。

「最悪…」

顔はむくれ、おまけに目も腫れている。
それでも何とか原形を取り戻し、今日も溜め息ばかりの会社へ向かった。


そんな彼のへの気持ちを吐露してから三日。その想いに頑丈な蓋をして、私は平然を装い彼と接する。
その間、彼からの抱擁、挨拶代わりの様に行われるキスもことごとく理由を付けてかわしていた。
あわよくば、体の関係も断ち切りたい。
だが、その不自然な私の平然は彼には通用せず…

「#name#。ちょっと来いよい」

「はい。どうされました?」

「ここに座れい」

「…嫌です」

「座れよい」

「……」

ついに頭がおかしくなってしまったのだろうか…
彼の言っている"ここ"とは、椅子でもなければソファーでもない。
私が、しかも仕事中に座る要素ゼロな彼の膝の上なのだ。

「嫌ですよ。それに私スカートなわっ!!」

そんな体全体で拒否の姿勢を表しているというのに、彼はあろう事かスカート姿の私を抱え、無理矢理彼の膝に跨ぐように座らせた。

「ちょっと!!パンツ見えますって!!」

タイトスカートでこの姿勢はかなり無理がある。
破けまいとスカートが悲鳴を上げ、自ら上へ上へと上がってくるからだ。

「いやっ!マルコさん!怒りますよ!!」

「今更恥ずかしがるなよい。いいだろい、見えても」

叩いてもいいだろうか…
人が胸を痛めながら距離を置こうと頑張っているというのに…

「降ろしてください」

「何か怒ってるのかい?言ってみろい」

「私が怒るような事、されたんですか?」

「オウム返しするんじゃねぇよい」

ダメだ…私の大根演技では彼を騙す事なんで出来ないだろう。
もう、どうすればいいのだろうか…
好きなのに想いを告げれないなんて、自分で決めた事なのに泣けてくる。

「っ…グス…」

「はっ?お、おい!何で泣いてるんだよい」

「だって…グス…」

「だ、だって何だい!?」

「だって…降ろしてくれないから」

「ぇ…それだけ、かい?」

「グズズ…はい」

「はぁ…あー、悪ぃ。よっ」

どうやらその言葉を信じたらしい彼は、私を抱え素直に降ろしてくれた。

「ズズ…トイレ…行ってきます」

「ぁ、あぁ…」


トイレに逃げ込み溜め息を一つ。否、三つ。
辛い…これは想像していたものよりも、数倍辛い。どうすればいいのだろう。
部署を替えてもらう?か、替えてくれるだろうか…
じゃぁ、会社を辞める? ぅ…ダメだ。家も同時に失ってしまう。
彼を諦めるのが一番手っ取り早く、理想だが…この好きになりかけの時期が一番厄介だ。どんどん好きになっていく。

「あーもう!いやっ!!」

そう叫んだ後、この状況を作り出したマルコさんにふつふつと怒りが湧いてきた。
そうだ。だいたいマルコさんは何を考えてるのだろう。

きっと、彼は自分の思い通りにならなかった事などないんじゃないだろうか。
だって自分勝手過ぎる。

そこでふと、疑問が生まれる。
ん…?あれれ?
私、彼に付き合ってなんて言われてないよね?
好きだとは言われたが、どの部類の好きかわからない。

んん?私は、そこまで深く悩む必要はないんじゃないだろうか。
彼が、はっきりと関係を示さないのを望んでいるのなら、私も適当に相手をすればいいじゃないか。
うん。そうすれば、別れる事も捨てられる事もない。私にとっては好都合だ。

なーんだ。泣くほど悩んで損したな。まぁ、女としては悲しい扱いだが…これがベストな選択だろう。

そう結論をだした私は、爽快な気分で彼の元へと足を向けた。


「すみませんでした。最近情緒不安定で」

「あぁ、大丈夫かい?」

「はい!大丈夫です」

「……」

そんな彼の疑わしい眼差しに気付く筈もなく、私は残りの仕事をさくさくとこなしていくのだった。



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