マルコ社会人編 | ナノ

#11 優先順位



「はぁ…」

「どうした?悩み事でもあるのかい?」

「いっいえ!何でもありません」

いけないいけない。つい彼の前で溜息を吐いてしまった。


昨日の出来事から翌日。デスクで書類に目を通しているマルコさんを見て…思わず漏れてしまった溜め息。
実をいうと、その溜め息には複数の思いが折り重なっている。

まず、恋人でもない人とまた、体を重ねてしまった事。それから自分の貞操の低さ。
そして、一番のシェアを占めているのは…

「わっ! マルコ専務!!」

私の悪い癖だ。考え事をしていると回りが見えなくなってしまう。
そんな隙だらけの私を、彼はいきなり後ろから抱き締めてきたのだ。

「ククっ。隙ありだい」

「っ! マルコさ、ん」

そうこれ。一番のシェアを占めているのは、体が彼を求めてしまうという事。
たった一回の行為(実際は二回だが)で、私の体は彼に触れられるだけで過剰に反応してしまうようになってしまった。

「#name#?どうした?顔が赤いよい」

「ぁっ! ダメですよ…」

そんな全てを悟っているかの様な彼は、後ろから優しく抱き締めながら耳元でそう囁くと、ペロリと耳を舐め上げてきた。
ダメですよマルコさん!そんな事をされたら…

「ほら、こっち向けよい」

自分を押さえ込むために咄嗟に下を向いた私の顎を余裕で掴み、クイっと上を向かせると、ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。

「んっ! ん…」

ほら、彼のキスは私の自制心を意図も簡単に壊してしまう。
だからダメだって言ったのに…絶対マルコさんは確信犯だ。

座ったままの私を抱きかかえるように立たせると、直ぐ後ろの壁に寄りかからせ、先程よりも深く口付けてくる彼に翻弄されながらもこれはいけないと、徐々に高まってくる欲を振り払うように彼の逞しい胸板を押し返した。

「ダメですよ…それにここオフィス…」

「んー?構わないだろい、#name#…」

「わっ私!書類!書類渡しに行ってこなくちゃ」

「おっ。ククッ逃げたねい」


そんな朝から迫ってくる彼から態とらしいくらいに逃げ出した私は、廊下を曲がった角で立ち止まり盛大な溜息を吐いた。

「はぁ…ダメだ私」

「よっ!!」

「きゃぁーーー!!」

「うぉ!悪りぃ、驚かせちまったな」

「…!?あ、いえ。おはようございます、サッチ常務」

「おう、おはよう。で?何がダメな訳?」

「い、いえ。何でもありませんよ」

「へぇ…それはそうと、ちょっと来て」

「は、はぁ」

そうして言われるがまま着いて行った常務室。この部屋も最上階に位置するのだが、専務室よりも少しだけ狭い。そして、作りはほぼ一緒の筈なのに何故か汚く見えるのは私の気のせいだろうか…

「あ、悪りぃな、散らかってて」

「いえ、あの…秘書の方は片付けされないのですか?」

「あぁ…今秘書いないんだ。経理に移動しちまってさ」

「はぁ、そうですか」

「えっと…あったあった!これ、マルコに渡しててくれよ」

「はい。わかりました。…何でしょうか?」

「いや、あのマルコがなぁって思って」

「あのマルコが…あっ!!」

「なっなんだ!?」

「サッチ常務、私の面接の時嘘付きましたよね?」

「えっ…あ、ああ!!あれは…ハハ」

「何が霊感的な力があるですか!信じた私も私ですけど…」

「悪い悪い!だってよぉ、理由を聞かせろなんて突っ込んでくるから、つい。」

「もういいですよ。サッチ常務は悪くありませんもんね」

「そうだよな!だいたいマルコの言い方が悪いんだよ、”この子採用しとけよい”これだけだぜ?」

「っ…は、はぁ」

「ふふん…でよぉ、マルコとはどんな関係なわけ?」

「べ、別に何にもないですよ!!」

「いいじゃねぇか、教えろよ。マルコが秘書に女付けるなんて初めてなんだぜ?」

「っ…! ほんとに何にもないですよ」

「またまたぁ、なぁ、どんな関係なわけ?」

そう言いながらどんどん壁際に追いやられ、逃げれないように両手を壁に付き迫ってくる彼に、私は…

「嫌!!近いです!!」

「ぐぇ!!」

持っていた分厚いファイルで、顔面を押し潰してしまったのだ。

「わわっ、すみません、つい」

「中々ハードだな…さすがマルコのお気に入り…」

それから顔を押さえ痛さと戦う彼に、失礼しましたと投げるように言葉を掛けその場を後にした。

長い廊下を歩きながら、ふと足が止まり気付いた事があった。
サッチ常務が迫ってきた時、物凄く嫌悪感が生まれたこと。

そういえば、マルコさんには初めから全く感じないそれは何なのだろうと。
もしかして、私は体だけじゃなく…
そんな思いを最後まで形に現さず、胸の中に無理矢理しまい込み蓋をした。
ダメだ…心まで彼に浸かってしまっては、もうこの会社で働ける自信がない。自分の身を守るか、恋愛に走るか…
うん。間違いなく自分でしょ。

そう優先順位を当て付け、再び足を踏み出した。
彼とのプラトニックラブはご法度だ。

そんな想いを抱き、彼の居る部屋のドアを勢いよく開けたのだった。






「遅いよい…」

「あ、すみません。サッチ常務に捕まってしまって」

「あ?サッチにかい?」

「…?はい」

「サッチには近づくなよい」

「何でですか?」

「あいつは、すぐ女に手を出すからねぃ。この間も秘書に逃げられたばかりなんだよい」

「!!き、気を付けます」

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