先生ver vol | ナノ
#40 時間厳守
愛しのマルコ先生と念願の一線を越えた私は、四六時中顔が緩みっぱなしだ。
「ちょっと#name#、顔」
引き締めないとバレるわよと、そして気持ち悪いと、全てが薔薇色の私に注意と罵声を浴びせてくる彼女。
「気持ち悪いって…」
「鏡見て見なさいよ。キモいわ」
「キモ…」
そんなバカな。想いと表情はかなりの確率でシンクロする筈だ。
その彼を想う、愛しさ溢れるこの顔が…気持ち悪いだと?
「もう!せめて惚気顔と言ってよね」
「いや、あんたのは百歩譲ってアホ面よ」
「……」
ふん。ナミには分かるまい。私がどれだけ幸せに満ちているのか。
それから、しっかりしなさいと念を押され時は過ぎ、お昼休み。
「#name#、今日放課後付き合え」
「えっ!?イ、イヤだ」
「ダメだ」
「無理!今日もマルコ先生のと」
「却下」
「!? 何でローにそん」
「何か怪しいな…」
「な、何が?」
「豹変振りが」
「そ、そん、な、事ないよ」
「ほぉ。じゃぁ聞」
「はいはい!何々?どうしたの?」
鋭い洞察力を放つ彼に、動揺しまくりの私を見兼ねて助け船が登場した。
「で?何の話?」
「ぇ、あ、ローが…」
「お前も来いよ、ケーキバイキング、連れてってやる」
「ほんと!?行く行く!ね、#name#?」
「え!?ナミちょっと…」
何故こうなる。
彼女は助けに来てくれたのではないのか…
「フフ…決まりだな」
「いや、ちょっと待」
「決まりだ」
何なんだ。さっきから人の言葉を遮りまくるこの隈!
そして相変わらず…
「私、行かないよ」
強引過ぎるのにも程がある。
「#name#…」
そんな私にナミが耳打ちをしてくる。彼女が言うには、ここで行っておけば怪しまれる確率が減ると。
それに二人きりではないのだから大丈夫だとそう口にする。
「…わかった」
一理あると判断した私はしぶしぶ了承した。
「フフ…じゃ、後でな」
「ナミ…」
「いいじゃない!ケーキよケーキ」
楽しみねぇなどと浮足だつ彼女を少し睨む様に見つめながら、これはマルコ先生に報告するべきか…悩んでいた。
否、報告必須だろうと、まだ余裕のある昼休みを利用し彼の元へと足を向ける。
「マルコ先生?」
「ん?どうした、珍しいねい」
昼休みに彼の元へ来るのは二度目だが、一度目の訪問で寝ていた彼からすれば初めての事だろう。
「はい…あの…」
そんな、突然の登場に不思議がる彼に急遽決まった放課後の予定を話すと、
「あ゙?トラファルガーだと?」
「はっ、はい。あ、でも他にも…」
「……」
やけにローに反応する彼に多少疑問を浮かべながらも、これはまさか妬いているのかと僅かに頬が緩む。
「…何ニヤケてるんだい?」
「え…だって…」
「…妬いてなんかねぇよい」
「えー!何処からどう見てもそれは」
「妬いてねぇよい」
そう強く言い放った彼の目が、とても、とても鋭く恐ろしかったので、私はそれ以上の詮索を止めにした。
なんせ後が怖い。
「はぁ…行ってこい」
「ぇ?あ、はい」
「ただし、門限付きだがねい」
「門限?な、何時まで…?」
「19時」
「19時…」
学校を出て目的地まで…どのくらいだろう?
まぁ、30分としておこう。
で、食べる時間と帰宅時間、その他諸々入れても…
「20時にしてもらっても?」
「ダメだねぃ」
「ぇ…でも…」
彼の提示してきた時刻は少し不安だ。帰れる自信が…ない。
「1分足りともまけられないねい」
「…わかりました」
此処で我を通して彼に嫌われるのは御免だと素直に頷き、それにこの門限指令は愛ゆえの事。彼の私への愛情をひしひしと感じるではないかと前向きに解釈をする。
「よし。では帰ったらちゃんと連絡しますね」
「おぅ。ちゃんと守れよい」
そうして、彼の部屋を出る間際に聞こえた溜め息を耳に捉えながら、放課後を迎える。
「たんと食え」
「わぁお!さ、食べましょう」
そんな彼女が歓喜の声を上げている横では、時計と睨めっこしている私がいた。
ここまで20分。
ここを出て、家まで…
「おい…この後予定でもあるのか?」
時計ばかり見やがってと。普通女っつうもんは甘いもんに目がない筈だろうと。
全く目の前に広がる光景に集中していない私に、彼からの疑惑の目が向けられた。
「はっ、う、うゎ!美味しそう」
「おい、あいつか?」
「な、何にが?」
「オレを騙せると思うなよ」
「騙してないし意味がわからない」
「へぇ…いつまでもつのか見物だなぁ…」
「っ…!!」
見透かしたような眼差しにビクリと背筋が凍った気がした。恐るべし隈男と内心悪態と恐怖が渦巻く中、無情にものタイムリミットが迫ってくる。
「あ!私見たいテレビあるんだよね、じゃお先に…」
無難だ。何とも無難な言い訳でこの場を去ろうと席を立つ。
「おう!気を付けて帰れよ」
「また明日ね」
そんな声に軽く手を上げ皆を上手く誤魔化し先抜けに成功する。
そう。この男を除いて。
「送っていく」
「いいから、ほら、戻った戻った!」
「断る」
「……」
くそう。どうすればこの隈を納得させられる?
否、逃げるが勝ちか…
「あっ!!何あれ!?」
「あん?」
よし今だ。
そのまま私は猛ダッシュをかまし、逃げ切る事に成功する。たぶん。
そうして門限10分前にマンションの入口に到着した私は一つ大きな息を吐いた。
「ふぅ。間に合った…」
よし。これで彼との約束は果たした。
安堵の溜め息と共に、足を一歩踏み出した所で…
「フフ…門限でもあんのかよ?」
「っ!?!?」
振り切ったと安心しきったところに現れた隈に、心臓が飛び出る程驚き声も出ない。
「な、な、な、何してんの?」
「送ってやった。つもりだ」
それからお茶でも出せと言いながら上がり込もうとする彼と一悶着している間に、門限の時刻はどんどんと過ぎていく。
やっとの事で彼を振り切り部屋へと辿り着いた私は、またもや驚きの為心臓が止まる出来事に遭遇した。
「マ、マルコ先生、イラシテタンデスか?」
「あぁ、#name#。いい度胸じゃねいかい」
「これには訳が…」
「約束は約束だ」
「いや、ほんとにですね、思わぬ強敵が」
「トラファルガーだろい?」
「そうです!あっ!見てたんですか?」
「ずっとな」
「な!?だったら…」
「ダメだよい」
そうして何度言い訳を通そうとしても許してくれない彼はお仕置きだと、至極ニヒルな笑みを浮かべそう言い放った。
「お、お仕置きと言えば…」
鞭とか?嫌がる私を無理矢理とか?などと、少しわくわくしながら彼のお仕置きとやらを待っていると、
「ほれ、これ全部解くまで寝かせねぇよい」
「はい?」
それは、鞭でもなければ、私の想像していた如何わしい展開でもなく。
そう。それは両面ビッシリ印刷された数学の問題集。
「またまたー、冗談はや」
「やれよい」
「真面目にですか…?」
「あぁ、真面目にだ」
「……」
こんなのって…こんなのって…恋人にするお仕置きじゃない!
そうして私は彼の愛情を疑いながらも、夜遅くまでお仕置きと奮闘するのだった。
「トラファルガーの野郎…覚えとけよい」
そんな彼の心中も知らずに。