先生ver vol
| ナノ
#58 拒まれた約束
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「マールー!」
「ぉ、おぃ…まさか一緒に入る気かい?」
「正解でーす」
「………はぁ」
一日の疲れを癒す場所とも言える風呂。
オレは湯船に浸かり、今日の疲れを吐き出すように息を吐いた。
オレが風呂に入って間もなく、脱衣場で彼女がもぞもぞとしている気配は気付いていたんだが…
まさか入ってくるとは予想外だったよい。
「ふふふ…もう体洗いました?」
「まだだよい…」
「私が洗って差し上げますよっ!」
「言うと思ったよい」
「ささっ、座って下さい!」
「……」
既に風呂に入ってきている彼女を、今更追い出すのも可愛そうだし、まだどこも洗い終えていないままで上がる訳にもいかず、オレは無言で湯船から出ると、促された椅子に座った。
「マルの背中は大きいですね!洗い甲斐があります」
「洗い甲斐…」
彼女が共に風呂に入りたいなんて言い出した時は、どうせ如何わしい方向に進むんではないかと思われたが、真剣に洗っている様子から、ただ単にオレと風呂に入りたかっただけなのかと思い直した。
「さ、お次は前ですね!」
「顔がニヤケてるが…大丈夫かい?」
「ぇ?ニヤケてます?嫌だなぁーもうっ」
「……」
前言撤回だ。彼女のこの緩みきったニヤケ顔は、明らかに如何わしい事この上ない。
と思ったオレの予想はまたもや外れ、ただニヤケているだけで、本当に普通に洗い出す彼女。
そうして全て洗い終え、共に湯船に浸かり一息ついた頃。
「何だか幸せですっ!」
「へぇーそうかい」
オレの胸に頭を預け、そう呟く彼女はほんとに幸せそうだ。
「マルはいつまで私とお風呂に入ってくれますか?」
「あ?いつまで…そうだな、死ぬまで?」
「ふふ。死ぬまでかぁー。じゃぁずっとって事ですね」
「そうだねい。だがその前に、オレが断られたりしてな」
「えー?それはないですよ」
「分からないだろい。その内洗濯物も別にされたりするんだよい」
「そんな事絶対無いですよ!!ありえません」
「ならいいけどよい…まぁ、年齢的にオレの方が早く死ぬけどな」
「っ!?いや!!死なないで下さいよ!!」
「あぁ、頑張るよい」
「もう!マルが死ぬ時は…私もお供します」
「滅多な事言うんじゃねぇよい。ガキが居たらどうするんだい?置き去りかい?」
「だって…マルが居ないなんて…」
「なぁ、約束しようかい?」
「約束?」
「例えどちらかが先に逝っても、後を追うなんて絶対しない事。泣いてばかりいない事。あぁ、お前はいい奴が現れたら、そいつと幸せになれよい。」
「っ!?なんて事言い出すんですか!!嫌ですよ!マル以外の人なんて…ヒック、グズ」
「泣くこたぁねぇだろい……悪かったよい」
「グズッ…だって…」
「……。でもよい、もし、もしオレに何かあった時は、そうしてくれた方が気が楽だい」
「私が他の人と一緒になってもいいって事ですか!?」
「しょうがねぇだろい?オレは居ないんだからよい。まぁ、たっぷり保険金は残してやる」
「保険っ…もうこの話止めましょう!嫌です」
「大事な事だよい。な、約束してくれい」
「嫌です」
「…ったく」
「私は嫌です!もし私が先に死んじゃって、マルが他の人と…なんて」
「あぁ、それは大丈夫だい。誓ってしないよい」
「はい!?じゃぁ何で私だけそんな事言うんですか!?」
「お前はまだ若い。それに女だ。一人でやっていくのは大変だよい」
「…もう!この話嫌です!!私上がります」
「……はぁ、もしもの話だろい」
そんな話をしてからと言うもの、以上にベッタリになった彼女は事ある毎に”死んじゃいやです”と言う様になり、オレが頭を抱える事になったのは言うまでもない、よい。
「じゃあ、行って来るよい」
「行ってらっしゃい!死なないで下さいね!」
「死なねぇよい…」
「はい!死なないで下さい!」
「……はぁ」