マルコ先生ver
| ナノ
#29 気付いた想い
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私は流れる涙を拭う事なく、彼の元から少しでも遠ざかりたくて必死で走った。
息が切れて苦しくなった所で足を止め、崩れる様に座り込む。
「ヒッ…ク……」
涙が止まらない。
必死で忘れようとしているのに、マルコ先生を一刻も早く私の中から追い出したいのに…
彼は本当に狡くて残酷な人だ。
何がしたいのか、考えても考えても分からない。
懐いていた野良猫が、自分の元を離れていくのが気に入らないのか…
それならば、本気で止めて欲しい。
私は、そんなに強い心は持ち合わせていない。
「グス…ッ…」
どうすればいい?
追い掛けて来てもくれない彼を、悪戯に優しさをくれる彼を、どうしたら忘れられるのだろう。
底の見えない泥沼に嵌まってしまったみたいに、私はもがくしかないのか?
時が解決してくれるのを、じっと待つしか策はないのか?
そんなぐちゃぐちゃな思考を張り巡らしていた所で、誰かが私に近づく気配がした。
まさか…マルコ先生が?
そんな僅な期待を抱いた所で、
「気が済んだか?」
明らかに彼ではない声に愕然とする。
彼じゃなかった。そうだ。彼が来る筈なんか…絶対ないじゃないか。
「…ロー」
「帰るぞ」
その一言しか言わず、私の手を力強く引っ張っていく彼に、片足だけ底なし沼から出れた気がした。
そうして引かれるがまま、連れてこられた先は彼の部屋。
「…もう、あいつに近寄るな」
呼ばれても行くなと、そう私に告げる彼。
私だって、必死で避けていた。ただ今日は…不可抗力だ。
「…#name#?」
「ぁ、うん…」
「はぁ…。腹、減っただろ?」
「ぇ?ぃや、あんまり…」
減っていない。否、むしろ何も食べたくない。
「ピザでも頼むか…」
「……」
相変わらずだなと、でも今は、そんな強引さが少し頼もしく感じる。
それから、マルコ先生の話題には触れずに、ピザを食べたりテレビを観たりと、時間は過ぎていく。
「あ、私そろそろ帰るね」
気付けば時刻は、ゴールデンタイムを過ぎそうだ。
そう告げ、腰を上げようとすれば、お約束の様に腕を引かれる。
「ロー。私帰る」
いつもの様に流されてしまいそうで、少し強めに言葉を放った。
「ダメだ。ここに居ろ」
「だめ。帰る」
「ダメだ」
「帰る」
「却下」
「か・え・る・!」
「フフ…頑固だな」
「ローに言われたくない」
それから、何故か可笑しくなって笑い出した私達。
「いいから、泊まっていけよ」
「……泊ま」
「ほら、着替え出してやる」
風呂でも入ってこいと、いつにも増して強引だ。
「…ダメだよ」
泊まるなんて…ダメに決まってるじゃないか。
それでも彼の強引さは止まらない。
「どうせ帰って泣くんだろう」
ここに居れば泣かなくて済むだろと、そんな彼の言葉に心が揺らいだ。
彼の言う通り、一人になれば間違いなく、マルコ先生の事を考えてしまうだろう。
そして…また泣いてしまうに決まってる。
「そうだね…泊まろうかな」
「フフ…あぁ、そうしろ」
そうして彼の家に泊まる事になった私は、まるで女友達の家に泊まるかの如く、お風呂を借り、くだらない話をしたりと過ごしたのだ。
そして、真夜中を当に過ぎた頃、
「で、何があった?」
ほんと、唐突に振られた問い掛けに、ドキリとした。
何で、このタイミングで聞いてくるのだろう…
「何って…」
別に隠す事でもないかと、私は今日の出来事を彼に話した。
「…へぇ」
「へぇって何よ。私は傷ついてんの!」
「彼女の事は聞いたのか?」
「え?…聞いて、ない」
「成る程な」
「またそれ?全部吐きなさいよ」
「フン…言うかよ」
「……」
この隈!またこれだ。
何か気付いたなら、是非とも教えて欲しい。
「どうせ、教えてくれないんでしょ?」
「ほぉ、よく分かってるじゃねぇか」
「どう致しまして」
この間の件で学習済みだ。
それに、もうヒントなんて出されては敵わない。
「まあ、あれだ」
お前はオレの女になれって事だと、訳の分からない結論をだす彼。
「ならないよ…だって私は」
私は…まだマルコ先生の事が好きだ。
こんな気持ちで、彼と付き合う訳にはいかない。
「忘れさせてやるって言っただろ」
「そんな簡単に…」
「いいから、黙ってオレの女になってろ」
「…無…理だよ」
無理に決まってる。
私の心はまだ、マルコ先生で一杯だ。
それに、今仮に付き合ったとしても、必ず彼を傷付けてしまうに決まってる。
そんな思考を巡らせていると、グイっと手を取られ、ベッドに押し倒された。
「いった…何…んンっ」
無理矢理塞がれた唇。
そして優しく抱き締められる。
「忘れさせてやるって…言ってんだろっ」
「……」
無言のまま彼を見つめる私に、また唇を重ね、彼の手はゆっくりと服の中へと入ってくる。
このまま、彼に抱かれたら、少しはマルコ先生を忘れられるかな…
そんな事が頭を過った瞬間、急速にフラッシュバックしたマルコ先生との想い出。声。温もり。匂い。
そして咄嗟に突き出した私の腕。
「ごめん…ごめ…」
出来ないよ…好きでもない人に、マルコ先生以外の人に…抱かれる訳にはいかない。
「はぁ…泣くな」
「グス…ごめん」
「寝るか…」
「…ぅん」
彼はその後、何もしてこず、私が眠りに就くまで頭を撫でてくれていた。
「ありがと…ね?」
「何故疑問系なんだ…」
「なんとなく…」
彼のお陰で、片足だけ沼から出れたが、同時に気付いてしまった事がある。
私はやっぱり、マルコ先生以外考えられないと。
無理に諦めるのはよそう。いつかは…この想いは消えていく筈だと。
自宅に戻り、あの箱を取り出す。
もう開ける事は無いだろうと思っていた箱。
その中から、ネックレスを取り出し、首に着けた。
久し振りに着けた冷たい感触に、胸が締め付けられる。
彼の事を、忘れられた時に外そう。
それまでは、彼の代わりに…傍に居てねと、私はその冷たく、小さな彼の分身を握り締めた。