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夜の帳のあなたの隣で



なあ、黄瀬、結婚、しようか。


なんの変哲もない夜だった。変わったことといえば、先輩の元に同窓会の報せが来たことくらい(再来年は俺にも来るのだろう)。
テレビの中はカラフルで、机の上は散らかり放題。野菜と肉とビールばかりの、男二人のまあそんなもんかと思える生活空間。
一言の激情。

「先輩、今なんて言った」
「なにも言ってない」
「ウソウソウソっス!絶対言った。結婚しようって。結婚しようって言いましたよね!?」
「聞こえてんじゃねえか」

だって先輩、聞き逃すはずないじゃないですか。
それ俺が何年待ってたと思ってるんっスか、俺が何年言えなかったと思ってるんっスか。無かったことにするになんて絶対にしてやらない。十年って、生まれたばかりの赤ん坊がもう言葉をたくさん覚えて小学校だってもうすぐ卒業しちゃうような時間。ずっとその言葉だけ待ってた。

慌ててテレビを消す。雑音は必要ない。皿を洗っていた笠松先輩にかけ寄って手を取る。蛇口は閉じた。念のため横目で包丁の位置も確認。
それから、後は何をすればいい。
喉がつまる。目頭があつい。愛してるって言いたい。ずっとそばにいてって言いたい。


「…お腹痛い」
「はあ?」
「幸せすぎて、気持ち悪い、吐きそう、嬉しい、どうしよう先輩、涙でてきちゃうかも」

こんな、こんな何もない夜に。かたや皿を洗いかたやテレビを見てくつろぎ。
台無しなんて言わない、言葉が何より嬉しいから。そりゃ花束も夜景もフルコースも欲しいなんて強請ったりしないけど。ああ、俺今絶対に可愛くない下着履いてる。
頭の中がごちゃごちゃだ。腹と足がどんどん重くなっていく気がする。それでも体中で先輩が愛しいって気持ちが溢れて止まらない。


「俺、浮気したら許せないかも」
「すると思ってんのかよ」
「頑張って早く仕事終わらせて帰るから」
「待ってる」
「美味しい料理作ってください」
「今までも作ってたろ」
「お風呂はたまにでいいから一緒に入りましょう」
「俺が浸かってる間にシャワー浴びろよ、狭いから」
「休みの日には一緒にバスケして」
「森山達も呼ぶぞ。体なまってたら許さねえからな」

先輩が言葉をくれることがこんなにも嬉しい。息遣いが届く距離が愛おしくてたまらない。

「俺のこと好き?」
「馬鹿だなあ」
「俺、先輩のこと大好きっス」
「おう、愛してるよ、黄瀬」

俺たちは祝福される。誰も俺たちのことを知らなくてもいい。結ばれて生きるのはたった二人なんだから。




141108



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