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友人特価、承りマス



今までに感じたことのない閉塞感。
喉の奥がふわりと何かで蓋をされ、緩やかに呼吸を奪われた息苦しさ。腹の底に真綿が積み重なったような重み。
病気、だろうか。不安な考えがちらつき集中力が飛ぶ。今日はもう自主練習を切り上げよう。体を壊せば元も子もないのだから。
そう思ってベンチに戻り、乾いた喉にドリンクを流す。

腹の中がぶわり、蠢いた気がした。

「うっうえぇ」

今しがた飲んだばかりのスポーツドリンクとわずかに胃液の味。
俺の口からはしっとりと濡れた花弁が、絶え間無く溢れてきた。
オレンジ色の花だった。気味が悪くて捨てた。

次は赤い花だった。湯船に浸かっている最中にこみ上げてきた花。萎れてぐちゃぐちゃに重なって、ますます気味が悪くなって捨てた。
いつもより早い時間に布団に入った。俺は病気なんだと落ち込んだ。黄色い色をした救急車を呼ばれてしまう。頭がおかしくなったと暴かれればすぐにでも主将でいられなくなるだろう。チームには目指さなければならない高みがあるのだから。
疲れているんだ。明日になれば花なんて。そう思って目をつぶった。何度寝返りをうってもぐっすり眠れる気がしない。
気付いた時には朝だった。


◇◆◇


「えっうぇ、うっ」

腹の中でぐんぐん育っているのか、花が枯れる気配はなく。それどころか定期的に、時間をかけて丁寧に吐き出してやらねばふとした咳払いの瞬間にも飛び出してきそうなほどだった。
花は確かに存在していた。俺は頭の病気じゃない、自分を律するために、気味が悪くても捨てられなくなった。俺が吐き出した花は日に日にうず高く積り、俺の不安を象徴した。

「気持ち悪い」

精一杯の言葉だった。病院に行く気も、誰かに打ち明ける気も、花とは違ってちっとも湧かなかった。

◆◇◆

教室、部室、体育館。最近になって甘いにおいがするようになった。
小堀に訊いても変わらないという。
笠松に訊けば気の抜けた声だけが返ってきた。お前から、してるような気がするんだけどなあ。
そうは思えど笠松が制汗剤を変えたという事もなく、女子受けを狙って香水をするなんてことももちろんなかった。それでも日を追うごとに笠松からするであろうにおいは濃く、鼻につくようになった。こころなしか笠松もやつれていった。
次第に笠松が俺達と一緒にいない時間も増えた。業間も昼休みも捕まらない。部活の休憩中にもふらりと姿をくらますようになって、これは絶対に何かあると、思わざるをえなかった。


今日も体育館中に響く声で笠松が休憩をとるよう呼びかける。
そそくさと体育館から出て行く笠松の後を追えば人気のない男子トイレ。
外から様子をうかがっていると、明らかに笠松のものである嘔吐きが聞こえた。

「…笠松?」
「はっ森山…?う、うぅぇ」


聞くに耐えない。
せめて背中でもさすってやろうとトイレに入ると、笠松は洗面台に手をかけしなだれていた。
もっとよく近づいてみれば、苦しそうな顔と場違いな花弁が目に入る。
ははあ、においの正体はこれか。
随分と苦しいようで、黒に近い藍色の花が笠松の唇から溢れていた。

「見んなよ…見んな、げほ、うえっ」
「…ちょっと、触るな」

シャツを捲り上げ、じんわりと汗をかいた腹に触れる。びりり、静電気のような刺激。ああ、間違いない。
いわば人ならざるモノってやつに寄生されてることは疑いようがなかった。

「も、りやま…?」
「笠松拾い食いとかした?…するわけないか。睨むなよ、冗談だから。憑いてるんだ。今どうやって剥がそうか考えてるから大人しくしてて?」

心得顔の俺に言い返す気はないようで、それでも眉根は寄せたまま笠松はきゅっと口を結んだ。
本当はここ、裂いちゃえば一発なんだけど、大事な大事な主将さまにまさかそんなことは出来ないからなあ。
悪い種に寄生されて苗床にされちゃったんだよ、お前。花を吐くなんて症状は、俺の知識じゃ苗床くらいだ。お前の吐いた花びらも見える人にしか見えないから。まあ俺がいてラッキーくらいには思えよな。
爺さん婆さんみたいに毎日欠かさず修行に励んでるわけじゃない俺の力なんてたかがしれてるけど、なんとかはなるだろう。

ぐっと手に力を入れて、念とか気とか呼ばれてるものを送り込む。
大丈夫、まだ深く根ざしてないみたいだから、俺でも。
深呼吸を繰り返して笠松に寄生した苗床に語りかけるように力を送る。

「っ痛い!」
「我慢しろよっ剥がすって言ったろ!」

笠松に負けず劣らずの汗をかく。
じりり、じりり。
俺の力がうまく働いていれば、笠松の腹の中は地獄絵図だろう。電気のような炎のような、とにかく俺たちにしか感じえない熱量が花も根も焦がしているはずだ。
しばらくそうしているとふっと、力をかける相手が無くなった感覚。

「っ終わったよ」
「…オイ!森山!」

ぐらり、全身から力が抜ける。
間一髪で笠松が支えてくれたようで、トイレの床を枕に、なんて残念なことにはならなくて済んだみたいだ。

「悪いな、気付いてやれなくて。森の妖精さん系は専門外なんだ。森山っていうのは父方の名字でさ、紛らわしいんだけど。どちらかというと…そうだな、わかりやすいところだと猫又とか、そういう生き物系が得意分野」

知ってるか?あいつら喋るんだ。俺小3まで犬猫は喋るもんだと思ってたんだぜ。てかいまどき流行らないだろ、除霊師とか退魔師とか。だから結構修行的なの、疎かにしがちだったんだけど、まあお前のためだしな。体くらい張ってやるよ。

そこまで言って深呼吸。
しまった、もう喋る力もない。無駄口叩くんじゃなかったなあ、笠松が不安なままだろう。
まぶたが重くなるのに逆らえなくて目を閉じる。
後でちゃんと説明しろよ、怒ったような笠松の声に、ちゃんと頷けていただろうか。




140820



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