溶けちゃえ 「先輩、どうぞ」 「...ああ、ありがとう、黄瀬」 ちょっとの体温と共にマグカップを手渡す。 白い陶器の中の茶色いココア。インスタントの手軽さに甘えることを、否定するように、少しの手間で浮かべたマシュマロ。ぷかぷか。 このマグカップを見るときに、笠松先輩は少しだけ頬を緩める。俺はこっそりしたり顔。 雑貨屋さんで買ってきた、Kのイニシャルの入った白いマグカップ。 同じものが二つ。俺の手の中。 同棲を始めるときに、なんでもかんでもお揃いのものを買おうとした。こうすれば離れない。こうすれば離れても思い出す。重荷でいい、枷でいい。なんらかの形で相手を傍に感じられればいい。そう思ったのだ。 「これじゃ、どっちがどっちのかわかんないだろ」 先輩はそういって、YとRのイニシャルの入った二つを手にとった。 「いいじゃないっスか。名字は二人ともKなんだから」 「なんのためのイニシャルなんだかなあ」 手にしたマグカップをあっさり棚に戻す。先輩には俺の目論見なんてお見通しなのだ。その上で、それを受け入れてくれる。 だって先輩、愛しているんだ。どっちかどっちかなんてわかんなくてもいいのに。わかんなくなっちゃえばいいのに。 マシュマロの白がぼやけた円の中を見つめて。それから先輩を見つめて。 大人びたといえばそうだろうけど、出会ったときから変わらない顔つき。それから少し、棘がなくなったかもしれない。それでもくたびれた様子があるわけじゃなくて、きりりとしていて格好良い。 にやにやしていると、何笑ってんだよって聞いてくれるところも好き。なんでもないっスよ。幸せなだけなんス。 「先輩、マシュマロ溶けちゃう」 「味は変わらねえだろ。甘ったるいよ」 「...そうっスね」 マシュマロみたいに、俺も先輩も溶けちゃって、一緒になりたいなあ。なんて。 131008 |