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風のない室内

中学生のときにみたフランス映画の、主人公の女そっくりだと思った。

布と肌の摩擦。エナメルとラバーシートの衝突。身を潜めようと慎重になればなるだけ響くロッカーの硬質。紛れる嗚咽。
ここが俺の地獄なんだと、ふと大層な事を考えた。そうだ、きっとここが。だから早く出よう。てきぱきと薄情なくらいに荷物を片付ける。
ドアノブに手をかけて静止。最後にぐうるり、この景色を焼き付けようと振り返ると、荷物を持って立ち上がる笠松がいた。
おいおい、立ち直るの早くないか、と思うのは俺の勝手で思い違い。その表情は、さながら往年の名女優。

笠松の、生まれてから一度も気にかけたことのないような男らしい眉を、きりりと整えられた彼女のものと同等に扱うなんて、お天道様が許そうと俺は許さない。スポーツをするための短い髪だってブロンドの柔らかそうな彼女のそれとは真逆だ。

ただその表情が、目を伏せ俯き口を噤むその表情が、なによりその空気が、演じられた未亡人そのものだと俺は感じた。笠松は別に演じてるわけではないだろうけど。


余命宣告され夭折した若い夫の、墓に跨がり大声をあげて涙を流す姿が忘れられなかった。それに比べれば笠松の感傷は幾分常識的だ。ただ異常に閉塞的だとも思う。笠松の中でどれほどの感情が渦巻いているのか、残念だけど俺の知ったことではない。

さあ一体誰が死んだらそんな表情をするんだと、俺は思うわけだ。未亡人じみた笠松の顔を見てその表情の由来を考えるわけだ。
そしてそれは笠松の夢なんじゃないかと、可能性に辿り着く。

病める時も健やかなる時も寄り添った期限付きの、夢。一年とちょっとの生涯だったな、お前。
安心して逝けよと、言葉を送ってやりたい。お前が笠松に忘れられる事なんて、こいつの一生で絶対にないだろうから。ああ、まああれだ、羨ましいよ。

そこで俺は気づいたのだ。
ここは地獄なんかじゃなかったと。
ここはそう、墓場だ。




247Qの笠松さんを未亡人って例えてたのがみょうにしっくりきちゃって
140205




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