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笠松と中村

拝啓、笠松幸男様へ。


…硬すぎる、だろうか。生まれてこのかた年賀状以外の手紙というものを書いたことがなくて、罫線だけの便箋を前に溜め息を吐いた。

宛先は春に合宿で訪れた学校(すぐ近くの海が綺麗だった)の先輩。起床時刻よりも早く起きてしまって、知らない校舎を散策していたときに図書室で出会った。てっきり図書委員かと思ったが読書感想文を書きに来ただけだという。なんて熱心なんだと関心したが、聞けば受験生らしい。俺より数センチだけ背の低い彼は童顔で、にわかに信じ難かった。
それを信じざるを得なくなったのは昼間、練習試合のときだった。図書室の彼は青い海色のユニフォームに身を包んだ相手チームのキャプテン。うちの学校も決して弱いわけではないが、相手チーム、特に小柄な彼には圧倒されっぱなしで試合には負けた。試合後には目配せをされてどきりとした。散々だ。


合宿三日目の朝、やはり目が覚めた俺は何かに引っ張られるように図書室へ足を運んだ。
そこに彼はいなくて、俺は肩を落として海を眺めていた。


「お、今日も来たのか」
「!…どうも、おはようございます」
「おー」
「…来ないと思ってました」
「来るよ。本返してないんだ」

そういって彼は文庫本と黒い原稿用紙を見せてくれた。しっかりと見れたわけではないが、小さく整った字だった。
彼とまたここで会えたことだとか、昨日の試合のことだとか、頭の中がぐちゃぐちゃで、言いたい事が沢山あるはずなのに言葉が出てこない。もごもごと口を動かしては意味をなさない単語を空気にのせる。

「っはは、挙動不審。試合では落ち着いてたのに」
「…あ、はあ、あの…笠松さん、バスケ部のキャプテンだったんですね」
「おー。まあな」
「えっと、あー、あ」

いつから始めたんです?きっかけは?苦労したことは?いい練習とか、ありますか?
バスケに関わる事だけでも、こんなに。何から話そう。聞いて答えてくれるだろうか。

「お前、口下手?」
「笑わないでください」
「おーおー」
「笑わないでください」
「悪いって。ていうか時間、大丈夫なの?」
「あ」
「ははは、じゃあな、えーっと中村?」
「あ…あっ連絡先、教えてください!」
「…いいよ。手ぇ貸して」
「え」


左の手を取られてボールペンでさらさらと住所を書かれた。少し滲んだ水性インク。汗で流れてしまわないか、気が気でなかった。




むずい。
130421




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