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笠松と小堀

ケンタウロス。古くはギリシャ神話に登場する、上半身が人間で下半身が馬の種族。彼らの寿命は数百年に及び、人間よりずっと長い時間を生きる。
現代日本でもケンタウロスは当たり前に存在し、この国に正しく適応していた。学校に通ったりして社会に出るケンタウロスだって珍しくはない。たとえばそう、小堀のような。


「お前、走って行くって無茶だろ」
「そうかな。車には乗ったことがないんだ。平気だと思う」

そんな会話をしたのが二週間前。学部内でも特別仲のいい数人で森へキャンプに行く計画を立てていた。なんでも星がよく見えるそうだ。
そして今まさに小堀は車の横を並んで走っている。前脚と後脚を交差させ、アスファルトを叩くようにして走っている。
以前、小堀に年を聞いたことがある。しばらく黙った末に「笠松たちの数え方をしたら、五十くらいだと思う」と曖昧に返された。ケンタウロスに人間の定める時間の単位は馴染まないようだ。俺は心底驚いた。落ち着いた雰囲気を纏う小堀は確かに同年代とは思い難いものの、五十といえば自分たちにとってはもう中年だ。彼らの時間は俺達よりもそうとう長いらしい。


「星、綺麗だな」
「あれ、笠松。他のみんなは?」
「寝ちまったよ」

普段とは違う寝床に居心地の悪さを感じていると、ぱちぱち火を焚く音がした。灯に惹かれていくと小堀が一人、星を見ていた。
ふと、火をおこすなんて野性らしくないと思った。小堀は人間社会で生きているのだから当たり前だ。けれども昼間、川に入って水を浴びる小堀はまるで野生のケンタウロスだった。

「隣、いいか」
「もちろん」

小堀の隣にそっと腰掛ける。小堀の腹は暖かくて、生きている感触がひしひしと伝わった。

「…なあ、お前らって、どんくらい長生きなの?」
「え…どうだろう、知らない」
「は?」
「や、近くに寿命で死んだ人がいないんだ。だからちょっとわかんない」
「すげえな」

寿命で死んだ人がいない。つまり寿命以外で死んだ人はいるということだ。事故か、狩猟か、それとも悲しみだろうか。ケンタウロスの生きる時間は俺達より、ずっとずっと長い。
押し黙る俺の隣で小堀は話を続けた。人間と関わるのを恐れて森から出ない者がいる事、関わってしまったことを忘れようとする者がいる事。自分は人間との関わりを大事にしたいという事。
いつか俺たちが死んで、辛くても、忘れてしまっては勿体無い。今この瞬間を百年後に思い出せたらそれがきっと幸せなのだと、小堀はそう言った。

「お前、俺の事も覚えててくれるか」
「当たり前だ。笠松のことなんて忘れたくても忘れないよ」
「どういう意味だよ、それ」
「…こういう意味かな」


触れた唇はやっぱり暖かくて、俺たちが生きている感触がした。




「Dun Black」すごく素敵な作品です。
130409




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