シ ン キ ョ ウ 「好きです、先輩、好き」 やめてくれ。 世の中に許されないことはごまんとある。嘘をつくのも裏切るのも親不幸も姦淫も暴力も偶像崇拝だってそうだ。アダマ、もうずっと前から、人間が土から生まれたその時から積み重ねられた禁止の歴史。息を引き取るまで終わらない戒めだ。それをお前は、知らないからそんな事が言えるんだ。 「ねえ、先輩。俺の気持ちを否定しないで。受け入れてくれなくていいから、お願いだからそれはまやかしだなんて言わないで」 「無理だ。お前は悪魔に唆されているだけなんだよ、黄瀬。目を覚ましてくれ」 「目なんてずっと覚めてる。あんたの事を考えて鼓動は早くなる。血が巡って巡ってとってもじっとしてなんかいられないんス」 「うるさい、黙れ、黙ってくれ」 「先輩、笠松先輩これって恋でしょう」 「違う!!」 違う、嘘だ、裏切りだ、親不孝だ姦淫だ暴力だ!! 頭に血が昇る。うまく息ができない。短い呼吸。俺は目の前の男の手首を掴んで自分の胸にあてた。どくり。どくりどくりどくり。 わかるか。お前に俺の心境が。お前に俺の信教がわかってたまるか。怖い。畏ろしいんだよ。俺は男だ。やわい胸もない。どこもかしこも固い男だ。いい匂いなんかしない男だ。髪だって短い男だ。眉の太い男だ。子宮のない男だ。救い主を信仰する男だ。 「やめろ、掻き回すな、俺は男だ、違う、違う裏切りじゃない、やめてくれよ頼むから」 「先輩、先輩好きなんです、好きなんです」 「やめろよ!」 「好きです」 「やめろ、俺はお前を好きになれない、駄目だ、気持ち悪いんだ、黄瀬、なあごめんな、もうやめてくれ」 息ができないんだ。共に生きていきたいのはお前じゃないんだよ。 「神様より、俺をしんじてくださいよ」 キリシタン笠松 130630 |