今度は俺から手をとる日まで 渇いて熱を孕んだ空気。冬の空とは真逆の図書室にぎゅうぎゅう詰めの将来。 ペンを転がせば、少し大げさにあがった音に森山が顔を上げる。あちらも限界だったようで、大げさに伸びをしてくたり、教材の上に伏した。 「もう無理だ」 「少し休むか、手が痛ぇ」 親指と人差し指の間を揉む仕草を見せる。 どうにも力を込めすぎてしまうのか、しばらく勉強を続けるとペンを持つ利き手が痛むのだ。 「マッサージしてやろうか」 「できんのか?」 「素人でもないよりマシだろう。…出るか、ここじゃ自由に喋れない」 散歩を兼ねて食堂まで歩いた。暖房の効いていない食堂はがらんとして人がおらず、しかし図書室で火照った体にはちょうどいいくらいだった。 入り口近くの席に向かいあって座ると、手を伸ばすのが億劫だから隣に座れと指図された。断る理由もなく、左利きの男の左隣に座った。 「お、笠松。お前生命線短いな」 「手相はいいからマッサージしてくれよ。…おい、手相って左手見るもんだろ?」 「そうでもないんだな、これが。利き手と反対の手は先天的な運命を示すんだけど、利き手は手の持ち主の生き方次第で変わるんだ」 「詳しいな」 「由孝くんの特技は手相占いだって、テストに出るから覚えておけよ」 まるで女子高生みたいな特技だと思った。言ったら怒られるだろうから口には出さない。 代わりに今までそんな特技があるなんて知らなかったと言えば、合コンで合法的に女の子に触れると思って習得したんだ。敵を騙すなら味方からっていうだろ。披露する機会は来なかったけどな。 どこから突っ込めばいいのかわからない答えが返ってきた。 「ほら左手も貸せよ。ついでだから比べてやろう」 返事を待たずに左手をとられる。 「うわ、エロ線くっきり。天性のスケベだ」 「…お前に言われても、なあ」 「なんだよ笠松、言っとくけど俺には入ってないからな」 「じゃあ当てにならないな」 手を、とられる事がこんなに緊張する事だと思わなかった。にじむ汗が気になってしょうがない。 視線ひとつで暴かれる感覚。細かな線をなぞる指を目で追う。 その言葉を信用なんてしていない。それでもでたらめとは思えなくて耳を傾けてしまう。 「右手に、結婚線がない。左手にはあるのに」 「消えるもんなのか?」 「現に消えてるからなあ。言っただろ、生き方次第だって」 「ふーん」 「いいパートナーとめぐりあえますよって線はくっきりなのに。もったいねえなあ」 それってお前のもそうなってんのか。また口に出せない言葉が浮かぶ。 体に染み付いた運命なんか本気にしたこともなかったけど、そうか、俺次第で変わるものなのか。 俺次第でお前の運命とやらも変えられるってことなんだな。 141222 |