剃毛 ずいぶんいい暮らしをさせてもらってるんだな、と、弥勒は健十と一緒に湯船につかるたびに思った。高層マンションの、それも上から数えたほうが早い階のワンフロアがまるまるユニットの居住スペースになっている。弥勒たち4人では十分すぎるほど数がある部屋は衣装部屋や客人用の部屋となっていた。それは健十たちも例外ではないようで、ときおり健十が弥勒に「着ないからやるよ」といって渡す衣服は普段は使われていない部屋から出てくるものだった。 贅沢なのは部屋数だけではなく、その広さと質も、格別だった。キッチンやトイレ、バスルームも例外ではない。特に洗面所を含めてバスルームは、彼らにとって大事な自己メンテナンスの場である。明るさも広さも清潔さも、どこをとっても申し分なかった。洗面所に備え付けられた鏡は大きな三面鏡で、奥行きと幅のあるラックには化粧水やらシェーバーやら、持ち主以外には用途のよくわからないものまであった。 なかでも弥勒のお気に入りはバスタブだ。181pの男が二人、脚を伸ばしてもまだ余裕がある。ジャグはこそばゆくて嫌い、と健十がいうので二人で入るときは使わなかったが、弥勒は水中で身体にあたる空気が好きだった。 「健十さん、伸びてきましたね、ここ」 「ん、剃らなきゃ」 恋人を後ろから抱きしめて、後ろから覗き込むように健十の体を見た。そこにはあるべき茂みがなく、まばらに短い毛が生えているだけだった。弥勒は恥骨のあたりに手をやって、そのままさわさわとそこを撫ではじめた。健十はくすぐったさに身じろいで、自分の手を重ねて制止する。 「やめろよ、変な気分になる」 「…そうしたいっていったら?」 「剃るのが先、上がるぞ」 つれない。温い湯船に未練はないようで、健十はさっさと立ち上がって、本当にバスルームを出て行ってしまった。剃る前に髪を乾かすだろうから、と検討をつけた弥勒は、ドライヤーの音が止むまで湯船につかろうと決めてジャグのスイッチを入れた。 そもそも同じ控室で着替えるときでさえ、陰部は下着で隠れているものである。そこを弥勒が初めて見たのは、晴れて恋人同士になった二人がさあやるぞ、と意気込んでいたまさにその時だった。 「弥勒?」 自分の上着を脱いだ健十は、スラックスと下着を同時に脱がそうとして静止した弥勒を不思議そうに呼んだ。 「…生えてない」 「ッばっかお前、生えてないんじゃなくて剃ってんの。子どもじゃないんだから…」 「すみません」 健十はすかさず咎める声をあげるが、その声には小さな子どものように扱われたことへの羞恥が含まれていた。 弥勒がそこに触れると、確かに指先にはすこしざらついた感覚。前に剃ってから日があいていたんだろう。お気に召したのか、さわさわと何往復も、そこをなでた。敏感な部分への刺激に、ほんの少しだけ健十の性器が頭をもたげる。 「なぁに?興味津々じゃん」 「まあ、はい。でもなんで剃ってるんですか?」 「…コッチの方が綺麗だし」 身体のメンテナンスの一環っていうか、そんな感じ。健十はそう続けるが、弥勒は夢中になって毛が生えかけている場所をさする。 恋人が、そう、俗っぽい言い方をするならパイパンだったのだ。自分のとは違っていて、蠱惑的でどうしようもなくふれたくなってしまう。 「剃る?」 「はい?」 「いや、すごい気になってるみたいだし、俺生えかけはあんまり好きじゃないし。まあ、そういうプレイもなくはないじゃん」 「…健十さんってつくづく、すけべですよね」 「好きだろ」 「嫌いじゃないです」 お互い中途半端に衣服をひっかけたまま、洗面所へ移動した。健十がシェービングジェルや剃刀を準備している間も、弥勒は彼の身体にはやくふれたくてたまらなかった。仕事で見る機会があるとはいえ、むき出しの上半身は傷ひとつなくてまぶしい。 「はいこれ、使い方わかるよな」 「塗るだけですよね」 「まあな」 塗るだけ、とはいっても適切な量などはわからない。弥勒はラベルの注意書きをじっくり読んでからやっとジェルの蓋を開けた。 「んッ、弥勒、ちょっとはあっためろよ」 「えっ温めるんですか?」 「いきなり塗ったら冷たいだろ」 「…確かに」 説明書きの行間までは読めなかった。弥勒自身もボディクリームを塗るときなんかはきちんと手のひらで温めてから使っている。それに、今日を迎えるまでにインターネットを駆使して得た知識にもジェルは温めてから、と書いてあったのを思い出した。 「じゃあ、剃りますね」 本当ならジェルが馴染んだ頃に剃るのが良いが、健十の陰毛があまり伸びていないことを建前に行為を急いだ。 間違っても性器に刃が当たらないよう、大きな手で覆って慎重に剃刀を沿わせる。同じ男だ。急所の扱いは十分に心得ている。そう思っていた弥勒だが、さきほどより明らかに硬度を増してきている健十の性器を見ていると、はやくさわってあげたいような、意地悪してやりたいような気持がむくむくと膨れ上がった。 弥勒は覆っていただけの片手で健十の性器を握って、ゆるい速さで上下に扱き始めた。 「ん…ぁ」 「感じてます?」 「っ当たり前だろ!そんなとこさわられたら…あ、ばかっあんまりいじるなよ」 自分の性器を握る弥勒の手を止めようとするが、与え続けられる快感と、何より弥勒がまだ自分の恥部の近くで剃刀を持っていることが恐ろしくて、健十は耐えるしかなかった。 「んん、ぁ…あっ!弥勒、やだって…」 「もうすぐ終わりますよ。あとちょっと我慢して?」 「あぁんっ、ん、やだっ始める前にイっちゃうだろ」 「俺は気にしませんよ。健十さんが気持ちいいなら、いつでも、何回でも」 なんて、もう終わりましたけどね。弥勒がそう言いって両手を離すと、健十は身体の力を一気に抜いて弥勒の肩に倒れこんだ。弥勒は剃刀を置いて、彼の背をさすってやる。 ジェルを洗い流さなければいけなくて、結局二人はそのままシャワーを浴びることにした。しかしいつまで経ってもなかなか始められない本番に、はいそうですかと大人しく待っていられるほど弥勒は大人でもない。健十は先ほど直接的な刺激を得たかもしれないが、自分はほとんど視覚だけで得た快感で、ボクサーの下を窮屈にしているのだ。 先にシャワーを浴びていた健十を後ろから抱き寄せ、片方の手でシャワーのコックをひねり、もう片方の手で彼の首筋から、下へ手を滑らせた。たったそれだけでもびくりと腰を揺らす健十の反応に気分を良くする。 「待てもできないの?悪い子だな」 「さっきからずっと待ってたじゃないですか、ね、いいでしょう」 困ったように健十は笑うが、そんな表情を浮かべていられるのも今のうちだ。弥勒はそっとお尻に手を這わせ、入口のまわりのしわを、くるくると指先で円を描いて刺激する。 「ちょ、待ってってば」 「ごめんなさい、もうっ待てません」 洗面所から持ち込んでいた、行為に使えそうな粘度のある液体をばしゃばしゃ手のひらに出す。鏡越しにそれを見ていた健十が一瞬口をぽかんと開けた。たぶん高いものだったのかもしれない、最悪新しいものを買ってこよう、と思いながらも、弥勒は穴の中に指を埋めるのをやめない。 立ったまま始めてしまったせいで、健十の脚ががくがく震えてしまっている。そのことに気づいた弥勒は、健十がバスタブのふちで身体をささえられるよう身体の向きを変えた。 「健十さん、きつい」 「ハァ?当たり前だろ、そんなとこ使うのっんぁ、初めてなんだから」 そういうわりに、弥勒の目にはしっかり刺激を快感として受けとめられているように見えた。試しに指を一本増やすと、圧迫感こそあるもののあっという間に指の付け根まで飲み込まれる。人差し指と中指をばらばらに動かせば、苦しそうな、でも嬉しそうな健十の悲鳴があがった。 「あッ!やぁ、なにッいまの」 「え、ここですか?」 「あああっ!やだ、あん、そこや、みろくッ…んぁ、だめっなにぃ」 「前立腺、ですかね」 未開発でも、感じられる一点があるとは知っていた。健十の泣き所はここか。口角だけあげて弥勒が笑う。 「ここ、そんなに気持ちいいんですか?」 「んんっいい、い、から…もぉやだ、あんまりそこばっか!っあん」 「健十さん、可愛い」 さらに指をもう一本足して、じっくりと丹念にほぐしていく。相手に怪我をさせてはいけないという弥勒の配慮もあったが、何より指だけでぐずぐずになってしまっている健十がおかしくて、このままイかせられないかとすら思い始めていた。 「なぁ、弥勒、もう十分、んっほぐれたって」 「もう少し慣れさせておきません?裂けても怖いですし…」 「っいいから、いれろてばぁ」 健十が首だけでなんとかこちらを振り返り、荒い呼吸の中で訴えた。もう我慢できない、いれてほしい、と。まぶたを伏せた拍子にぼろっと涙が粒になって落ちる。 「っあとで痛いっていっても、知りませんからね」 「いわない、いわないからっあっあああーッ!」 ぐんっと一思いに突くと、勢いがつきすぎたのか、ほとんど全部挿ってしまっていた。慌てて健十を伺うと少しぐったりしていて、バスタブに向かって盛大に白濁をこぼしている。 「俺、前ほとんどさわってませんよね」 「…いうなよ」 「健十さん、ところてん、できましたね…初めてなのに」 「いうなっていったろ!もぉ、いいからはやく動けよ」 「あんまり急かさないでください。俺もイっちゃいそう」 いいからイけってば、健十はそういいながら、無意識にだろうか、中にいる弥勒をぎゅうっと締めつける。ほとんど余裕のない弥勒を煽るのには十分で、健十の細い腰をつかみなおして律動を始めた。 「あっぁん、みろく、みろくっんああっそこ、きもちぃ」 「もっと?」 「んんっ!あっあっもっと…!もっとぉ、あう、あ、あ、やだっはげし…!」 がくがくと健十を揺さぶりながら、弥勒は上体を倒して健十の背骨をなぞるようにくちづけていった。ちゅっちゅっという可愛らしいリップ音が、じゅぶじゅぶと健十の中でジェルと先走りが混ぜられる淫らな音に交じって浴室で響く。 髪の間から見える真っ赤になった耳を甘噛みして、弥勒は再び体を起こした。 「んっ健十さん、そろそろ」 「ん、なか、なかに出して、弥勒っあっあ」 「っ健十さん、っぁ」 「あっあ、ん、んあああーっ!や、きてる、みろくの、あっああん」 それから少しだけ、射精した余韻に浸った弥勒は名残惜しそうに健十の中から自身を抜いて、ふらつく健十を自分の方を向かせて抱き寄せた。 「はは、あーすっごいきもちいかった。男同士ってこんな風なんだ」 「俺も、すごい気持ちよかったです」 自然と見つめあって、どちらからともなくキスをする。角度を変えて深く、ゆっくりと、満たされていった。 あれで初体験だったのだから、自分はずいぶんハメを外してしまったものだと、ついこの前の情事を懐かしみながら弥勒は丁寧に毛を剃っていく。 「終わりましたよ、健十さん」 「まぁだ」 「え?」 「カミソリ負けしちゃう、クリーム塗って」 初めて剃らせてもらったときはこんなことしなかったのに。弥勒は健十に指さされた先にあったクリームを手に取り、ラベルと健十の顔を不思議そうに交互に見やる。 「前はそのままやっちゃっただろ、あの後肌荒れて、チクチクして大変だったんだからな」 「それは…すみません」 ぶつくさと文句を言いながらもされるがまま自分にゆだねてくれる健十に、怒られているはずなのに心がぽかぽかしたような気にさえなる。 今度はしっかり手のひらでクリームを温めて、自分の手によってつるつるになった陰部に塗っていく。もともと健十の肌は柔らかく、だから傷つきやすいのかもしれないが、その代わりさわり心地は抜群に良かった。 仕上げに、と言わんばかりに弥勒が股に顔を近づけてキスを落とす。ぎょっとした健十は慌てて弥勒の短い髪の毛をつかんだ。 「なっ、お前」 「嫌いじゃないですよね」 「…うるさいよ、マセガキ」 怒られるかもしれない。そう思ったけど、むくれる恋人が愛おしくてたまらなくなって、今度は頬にキスをした。 剃毛大好きマン 161122 |