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煌々

夜、寝るときに電気を消すことが出来なかった。もうずっと前、子供の頃からそうだったはずだ。
小学校の修学旅行では同室の友人が寝静まった後にこっそりと豆電球をつけた。最初の日には一瞬の眩しさか、物音かで一人起きてしまい、慌ててトイレに行くのだと嘘をついた。その夜は緊張で何度も目を覚ました。
中学校と高校は、だらだらと尽きない話で夜を過ごして移動のバスの、陽のさす席でぐっすりと眠った。後で話を聞けばクラスメイトに寝顔を撮られていたらしい。それネットには流さないでほしいなあと思いはしたが、もしそうなっても下手な顔はしていないはずなので何も言わなかった。


笠松先輩といえば、そんな俺とは全くの逆で、明るいところではうまく眠れないのだという。
だから朝練で疲れていても、前の晩夜更かしをしても、授業中には寝れなくてぽうっとした頭で黒板の字を適当に写すらしい。
朝日が昇ると目が覚めるのではやく遮光カーテンに変えたいと言っていた。
合宿の移動バスの中ではきっちりとアイマスクをしていて、無地のそれがなんとなくやっぱり先輩らしいと思った。

だから俺は初めに言ったのだ、同じベッドでは眠れないと。互いのためにならないことは火を見るよりも明らかだった。
俺の大学進学が決まってから同棲しようと部屋を探したときには、それぞれの部屋を寝室とすればいいと主張した。以前自分の家に笠松先輩を泊めて事に及んだ時、疲れているはずなのに小さな灯りのついた部屋で先輩が何度か目を覚ましたことを知っていたからだ。
先輩も充分お互いの体質を理解していたようで、それぞれ別の部屋で夜を過ごした。結局遮光カーテンには買い替えず、朝日と共に目を覚ます笠松先輩は静かな時間を有意義に過ごしていただろう。

同棲から一年もしない頃に、俺は学業の傍ら仕事を再開するようになり、先輩は本格的に就職活動をはじめた。
そうなってくると案外、同じ屋根の下に住んでいても顔を合わせづらいもので、とにかく疲れているだろうお互いに気をつかう日が続いた。
ひっそりとした玄関、靴があることを確認してそうっと扉を閉める。ただいま帰ったっスよ、と呟くだけ呟いて服や靴下を脱ぎながらリビングに行く。先輩にはいつもだらしないってどやされるけど、家では常にリラックスしたいっていうのが俺のポリシーだ。なるべく外の空気は持ち帰りたくない。

脱衣所の洗濯機に服をそのまま投げ込んでついでにシャワーも浴びてしまう。立ったまま、頭からお湯を流すとビチャビチャ水の跳ねる音が喧しいのでうずくまる。ちらっと鏡をみて、デカい図体した男が小さくなってる姿をみて、わはは、バカみてーと思うのだ。
先輩のとはメーカーも匂いも全く違うシャンプーをして流して、トリートメントを髪に浸透させる間に体も洗ってしまう。今更追い炊きするのも面倒くさくて、ささっと体全体を洗い流して風呂場を出た。

寝る準備を整えて、自室の電気はつけないまま勘を頼りにベッドサイドの灯りをともす。
布団に手をかけたところで、動きを止めてしまった。
ぼんやりとした明るさに包まれた部屋。冷たい布団。
何か足りなくて必要なのか、考えるまでもなくて、少しだけ、本当に少しだけ涙が滲んだ。

そっと部屋を抜け出してすぐ隣の、先輩の部屋の扉を開ける。俺が遅くなるときに廊下の光が入らない様に扉はしっかり閉まっていた。なるたけ音を立てないように開けると真っ暗な部屋。
急いで扉を閉じて明るさに慣れていた目をぎゅっぎゅとつむって深呼吸。目を開けて先輩のベッドに近づく。
意外と床に雑誌をほっぽってる人だから、蹴らないようにすり足で歩いた。ベッドの上のちょっと盛りあがったところに手をそわせて、薄い布団越しにも感じられる体温に、息を吐く。

(先輩だ、先輩、俺もここにいたい)

もう暗い部屋で何度目が覚めようと、それでいいと思えた。
目を覚ます度、笠松先輩のあったかいのがわかって、同じ布団の中で息してるんなら怖いことなんていっこもないはずだ。
まっくら闇で先輩だけ感じてられるんなら、灯りがなくたって、それがいいと思えた。




朝日が差し込む前に俺と結婚してって一言だけ言わせるつもりがどうしてこんなことに
150108





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