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崩落





どこか遠くで、二人で暮らそ。駆け落ちしよう。


俺は真ちゃんの顔を見ることが出来なかった。それでも真ちゃんは、うんともすんとも言わずに俺の手をとった。
高校生の俺達は幼いなりに無謀で、だけどだからといって、恐れ知らずにはなれなかったんだ。



ガタンゴトン
ガタンゴトン


俺達は二人で息をする。向こう側の窓に写る自分達の顔を見て。硝子の奥でビルの点々とした明かりが流れていった。
隣に真ちゃんがいるだけで安心だと感じた。不安があるとすれば真ちゃんがいなくなることだろう。俺は重ねた右手に力を込める。テーピングに守られた指先が応えるように絡まった。


部活の後、身支度もそこそこに学校を飛び出した。脱いだばかりの練習着と教科書の入った鞄。ラッキーアイテムの赤い毛糸と小さな白のブーケ。最低限だけ持っていればいい。
携帯電話は駅のゴミ箱に放った。真ちゃんは今日に限って携帯電話を持っていなかった。こうなることを知っていたのかもしれない、何ていうのは俺の願望だけど。

今この車両には俺と真ちゃんしかいない。他に人は乗ってこない。
禿げたサラリーマンの親父が三つ前の駅で降りていったのが最後だ。頭に玉の汗をかいたくたびれスーツの親父は、今頃家でビールでも飲んでいるのだろうか。赤らめた顔で世間に悪態をついているのだろうか。くそくらえ、と。

ぐう、と控えめとは言えない腹の虫が鳴く。俺は鞄から、駅のコンビニで買ったクリームパンを取り出した。
真ちゃんは米が好きだけど俺はパンも好きだ。何よりおにぎりなんかより圧倒的に半分にちぎりやすい。四本しか指のない手のひらみたいな形のパン。まるまるしててちっとも綺麗じゃないけど美味しそう。


「はい、あげる」
「ああ」


中身が少しはみ出たクリームパン。黄色いクリームが冷たい。
マナーなんか気にする人もいなくて、俺達はあっという間に食べ終えた。少しだけ、辺りにあまい匂いが残った。

口元に運んでいた手をふかふかとは言えない座席の上に戻す。今度は俺の手が下で真ちゃんの手が上になった。真ちゃんの手は俺のより少し大きい。いつか俺、この手を包めるだけ大きくなれるだろうか。その時まで真ちゃんと一緒にいられるだろうか。不透明な未来に想いを巡らす。
このまま、本当にどこまで行けるだろう。

万が一にも離れてしまわないように赤い毛糸で小指と小指を結びつけた。片手で結ぶのは難しかったけど、真ちゃんが右手を貸してくれたからきちんと結べた。


「真ちゃん」
「なんだ」
「俺と、どこまで行ってくれる?」
「どこか遠くへ行くのだろ」
「…うん」


このまま終点。無人の駅で夜を明かそう。星を見て肩に凭れて目を瞑ろう。朝になったら枯れたブーケを俺達の墓標にしよう。赤い毛糸で繋がれたまま、行けるところまで遠くへ。


「真ちゃん」
「なんだ」
「好きだよ」
「ああ、俺もだ」


好きだよ真ちゃん。真ちゃんは本当に、俺とどこか遠くへ行けると思ってるのだろうか。
そんなことしたら、真ちゃんの未来はどうなる。輝かしい未来はどうなる。
俺なんかが真ちゃんの行先を決めていいのか。でも真ちゃん、手をとってくれたんだ。
こんなにも好き合ってて、だから二人で穏やかに生きていたい。ずっと二人で幸せなことだけ考えて生きていたい。
なあ、緑間?



「無理だ…っ無理だ無理だ無理だ!!ごめん、真ちゃん俺には無理だよ!!」
「た、かお」
「ごめん、ごめんね真ちゃん、一緒に行けない。遠くなんて行けっこないんだ、お願いだよ、帰ろう!」
「高尾」
「帰ろう、俺、真ちゃんと一緒にっでも俺っ…こんな、赤い糸だって子供騙しだ!」
「高尾」
「真ちゃん俺怖いよ、真ちゃん、真ちゃん帰ろう、俺には無理だ、お前の将来に責任なんて持てない…!」


押し込めていた恐怖が吹き溢れた。とどまることのない気持ちが涙になって頬を伝う。
立ち上がってそこで初めて真ちゃんの顔を見た。ぼやけた緑色。真ちゃんごめんね、お願いだから泣きそうな顔なんてしないで。




「俺の気持ちは、どうなるのだよ」


電車に揺さぶられた俺は膝から崩れ落ちる。
こんなにどうしようもない俺を真ちゃんは抱きしめてくれたんだ。





130529




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