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いのちのまぼろし

荒廃だった。
そこには何かがあったのだ、確かに。
草でもなく土でもなく、瓦礫でもなければ空虚でもないような何か。
例えば家で例えば人で例えば暖かな家族がそこには、あったはずだった。

「寂しいところっスね」
「昔は、こんなはずじゃなかったんだろうな」

花の一つも咲かない、途切れとぎれに地平線の見える景色に二人。手を絆いであるいた。乾燥した草は踏んでも起き上がったりしなかった。

「俺、日記つけてるんス」
「へえ、マメだな」

ぽつり、ぽつり。話す声と、黄瀬の持つ傘に当たる雨粒の音。
波の押し寄せる音なんて、ごうごうともざぶんざぶんとも、ちっとも聞こえやしなかった。

「っていっても、毎日じゃないんスけどね。そんで俺、ちょうど前の日に、“笠松先輩から電話がかかってきて嬉しい!今なら死んでもいいや!”なんて書いてたんス」
「電話なんてしたっけか」
「しましたよ。部活の連絡だったっスけどね。…そんなことが言いたいんじゃなくて」
「じゃあなんだよ」
「生きてるなあって、思って。死ぬのって、日常のすぐ隣にちゃんといたんスよ。俺達に見えなかっただけで。ほら、死は眠りの兄弟だって王子だったか燕だったかのセリフ。だから起きてる間は見えないんスよ。きっと」


無口かと思えば饒舌で、でもやっぱり無口だった。なんせ言葉では伝わらないのだ。恐怖というやつは。

海、あっちでしたっけ。黄瀬は絡めていた指をほどいた。行かないでくれよ、と思った。
カーキ色のジャケットの袖を掴めば、俺の意思など見通したような顔でこちらを振り返り、また指を絡める。少し痛いほどだった。
本当はとても痛かった。

「先輩」
「なんだよ」
「…先輩」
「黄瀬」
「笠松先輩…っ」

俺達、生きてて良かった。これからいくらでも幸せにしてあげられるから、死なないでくれて良かった。

息継ぎを諦めるような、言葉だと思った。俺は笑って隣の男を抱き締めた。
首筋にきんいろの髪と、それから涙が触れる。くすぐったいと、そう言えば嗚咽が返ってきた。ばかだなあ、俺まで泣きそうだ。

いつの間にか手にしていたはずの傘は砂埃に混じっていた。どれが涙だかもうわからなかった。


世界に俺達二人だけのような、気さえ、したのだ。




志津川に行ってきたので
131118




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