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星も醒める八月の夜


なんだか無性に、泣きたいような気分だった。きっと涙の源は”気づいてしまった”事に他ならないだろう。そっと耳に手をあてがう。ぎゅっと塞ぐ。聞こえるのは筋肉の擦れる音だけ。ざわざわ。立ち尽くしたまま眼蓋をおろせば水滴は押し出されて頬を滑り落ちた。暗転。



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うまく、やれていたのだと思う。たった数時間で、あの人が消えてしまった今、そう思うのはまやかし。
ここにあの人の上着がかけてあった。ここがあの人の本棚だった。たまにアダルトビデオもしまってあった。ここはあの人のお気に入りの場所。ここでいつも居眠りをしていた。今じゃとってもとういけど。匂いも温度も感触だって、ずっととうくへ行ってしまったに違いないけど。
もうこの部屋に、あの人の痕跡がちょっとも残っていないなんて。俺の記憶以外、ひとつも残っていないなんて。あんまりだ。

だって、愛していたんだ。そうですよね、森山さん。
肩をぶつけながら夕飯を作った。
テレビのチャンネルを争って喧嘩もした。
遅い帰りにしびれをきらして玄関に座り込んだ。
ぬくい布団にくるまって愛をささやいた。
そのままキスをして、たくさん触れた。
全部全部思い出せる、全部全部、もう、思い出だ。

「う...うぇ、もいやまさんん」

どうして俺の事持ってってくれなかったんですか。どうして全部持ってっちゃったんですか。せめてなにか、思い出以外だって置いていってよ。噛んだあとのガムだっていいから。インクのなくなったペンでもいい。森山さんのものだったらなんだっていいのに。用済みでもいい、だなんて口が裂けても言えないけど。望んでないけど。

「この部屋でどうやってぇっ生きていけって、言うんですか、もいやまさぁん」


呼吸をするだけで影がちらつくんだ。こんなにも貴方で飽和していたなんて、気づかないままでよかった。




家出由孝の真意は知らないまま
130804




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